カタコトニツイテ

頭のカタスミにあるコトバについて。ゆる~い本の感想と紹介をしています。

「疾走/重松清」の感想と紹介

94.疾走/重松清

 

ひとりぼっちが二人になれば、それはもうひとりぼっちではないのです(下 p.239)

 

疾走【上下 合本版】 (角川文庫)

疾走【上下 合本版】 (角川文庫)

 

広大な干拓地を有する町で暮らしていた中学生の主人公は、兄が犯したある罪によって苛烈で過酷な運命を辿ることになる、重松清の長編小説。


表紙を見た時の衝撃は忘れられない。
久しぶりにここまで重い作品を読んだ。

 

主人公のシュウジ、そして優秀なとの四人暮らしでごくごく普通の生活を送っていた。

 

彼らが暮らす町では干拓以前からある地域である「浜」と、干拓以後にできた土地である「沖」の二区域に分かれて人々が住んでいる。

 

どこかしらでお互いの集落を避け合って生きてきた彼らだったが、突如として持ち上がった大規模な開発計画を契機に町は混沌の渦に飲み込まれていく。

 

そして中学に通うようになった主人公も同じように、少しづつ歪んでいった町のうねりに巻き込まれていき、ある日兄が起こした事件を引き金に、彼の人生は決定的に破滅の道へと向かうことになる。

 

15歳の少年が背負うには余りにも重すぎる罪と、どこまでも終わりが見えない絶望が一人の人間を追い込んでいく様は、一読者にも関わらず心が荒んで目を塞いでしまいそうになる。

 

ただただ走ることが好きだった普通の少年が、耐えがたく過酷な運命を駆け抜けていく姿を、最後のその一瞬まで見届けることしか出来なかった。

 

この本ではいじめ部落差別などの重いテーマを始め「金」「宗教」「性」「犯罪」などを発端として綻んでいく家族、友人関係が随所に描かれる。救いの手が差し伸べられたかと思えば、袋小路の地獄に突き落とされる。

 

それでも少年に同情するとか、自分の環境は恵まれているとか、そんな感想だけでは終わりたくないなと思った。ただ、作中で呼ばれる「おまえ」が独りになって限界の淵で求めたものを、忘れないでおきたい。

 

読後は尋常じゃないくらい心がえぐられる。でも、読めてよかった。
ただし次読む本はほんわかする作品にしないと身が持たない。

 

では次回。

「ユージニア/恩田陸」の感想と紹介

93.ユージニア/恩田陸

 

新しい季節は、いつだって雨が連れてくる。(p.10)

 

ユージニア (角川文庫)

ユージニア (角川文庫)

  • 作者:恩田 陸
  • 発売日: 2008/08/25
  • メディア: 文庫
 

 

様々な関係者への聞き込みをもとに、数十年前に起きた名家の大量毒殺事件の真実を紐解いていく、恩田陸の長編ミステリー。

 

素敵な書き出しで知ったこの作品。
読み始める入口は表紙やあらすじだけではないのだ。

 

何十年も前にとある名家で起きた無差別大量毒殺事件。
容疑者とされていた男は自殺し、多くの謎が残された。

 

この物語は毒殺事件の生き残りを含めた複数の関係者へのインタビュー形式で展開される。

 

そして彼らの証言の節々で登場する当時見逃されていた不可解の点が、事件の真実を徐々に明るみにしていく。

 

いわゆる主人公的な立ち位置となる人物がおらず、間接的に事件に関わっていた人物たちの語りによって、少しづつ異なる角度から語られる証言が今まで死角となっていた部分を照らしていくのが斬新だった。

 

物体が大きすぎるがゆえに、見る角度によって捉え方は変わるし、見る人間によっても感じ方は不揃いで微妙にずれが生じる。まるでだまし絵みたいに。

 

それにしても、最後まで不思議でミステリアスな雰囲気が漂っていた作品だった。
霧の中を闇雲に進んでいたら、いつの間にかゴール地点に立っていたみたいな。
そんな感じ。

 

では次回。

「プシュケの涙/柴村仁」の感想と紹介

92.プシュケの涙/柴村仁

 

 翅を片方失った蝶は
地に落ちるしかない
涙を流す理由もない私は
失った半身を求めて彷徨うだけ

 

プシュケの涙 (講談社文庫)

プシュケの涙 (講談社文庫)

 

 自殺した少女の謎を解き明かす、柴村仁の青春ミステリー。

 

この物語は前編後編に分かれていて
主人公も視点も異なる二部構成となっている。

 

前編では受験に追われる主人公の榎戸川と校内で変人と言われる由良が、夏休みに学校で自殺した少女の謎を探るため動き出す。

 

時には由良の不可解な行動に惑わされながらも、彼らは生徒に聞き込みしたり、自殺した少女の行動を探ることで真実に近づいていく。

 

ここまでは至って普通のミステリー。
この物語がかけがえのないものになる理由は、後編にこそある。

 

後編では、前編と打って変わって時系列が巻き戻り
とある少女の視点でストーリーが展開される。

 

決して順風満帆とは言えない学校生活を送る彼女は、美術部の勧誘にきた謎の少年との出会いをきっかけに、少しづつ彼に心を開いていく。


彼女がどのようにして学校生活を過ごしていたのか。
どのようなことを考えて生きていたのか。

そんな前編では知ることが出来なかった彼女の想いが明かされ、最後には幸せな未来が待ち受けているかのように見える。

 

しかし、この二つの物語の時系列をあまつさえ逆にすることで、より後編の物語が優しく儚げに感じられ、結末に対してやり切れない想いを抱くことになる。

きっと前後編の順番が逆だったなら、ここまで心にくるものは無かっただろう。
この構成だからこそ、残酷でいて、尚且つ一層の切なさが生まれる。

 

最後に表紙をもう一度見ると、どこまでもやるせない気持ちになってしまう。
ぜひ、読むときはメディアワークス文庫版で。

 

では次回。

「オーデュボンの祈り/伊坂幸太郎」の感想と紹介

91.オーデュボンの祈り/伊坂幸太郎

 

未来は神様のレシピで決まる」(p.38)

 

オーデュボンの祈り(新潮文庫)

オーデュボンの祈り(新潮文庫)

 

変てこな人々ばかりが住む島で起こる魔訶不思議な事件を描いた、伊坂幸太郎のデビュー作でもある長編ミステリー。


始めて読んだのは高校生の時だった。
数ある伊坂作品の中でも、一番好きかもしれない。

 

会社を辞めてコンビニ強盗にも失敗した主人公の伊藤は、気づいたら見知らぬ島に辿り着いていた。

 

その島には、人の言葉を操るカカシがいた。

しかも、そのカカシには「未来を予言すること」が出来た。

 

しかしながら、主人公がそんな島での生活に慣れ始めたのも束の間、カカシが何者かによってバラバラにされ殺される。

 

犯人は誰なのか、未来が見えるはずのカカシがなぜ殺されたのかを明らかにするため、主人公たちは島の住人に聞き込みをしながら手がかりを探していく。

 

この物語では何よりも、個性豊かな島の住人が数多く登場する。

 

事実と正反対のことしか言わない画家。
自分の心臓の音を聞くのが好きな少女。
自らの判断で人を殺すことを許された青年。

 

個人的には、初対面のくせにまるで長年連れ添った友人かのように話しかけてくる日比野が好きだった。主人公の良き相棒であり、なぜか憎めない男。

 

序盤はハテナが頭を飛び交うことになるけども、その世界観に慣れた終盤には綺麗に伏線を回収して、最終的に謎が収束していくストーリーは圧巻だった。


ついでに、物語の途中にちょいちょい挟まってくる主人公の祖母の達観した口調もなんか好き。

 

では次回。

「透明カメレオン/道尾秀介」の感想と紹介

90.透明カメレオン/道尾秀介

 

たとえ目に見えない透明な世界だったとしても、本気で願えば、人はそれに触れることができる。(p.429) 

 

透明カメレオン (角川文庫)

透明カメレオン (角川文庫)

 

バーに集まる仲間たちとの出来事を作り替えて、ラジオで話す主人公はある日、バーを訪れた女との出会いをきっかけに、ある秘密の計画に巻き込まれていく、道尾秀介の長編小説。

 

いつものように常連が集まるバー「if」では、ラジオパーソナリティである主人公を始め、個性豊かなメンバーが他愛のない話を繰り広げていた。

 

大雨の夜、その場にやってきた少女との出会いが、バーの仲間を巻き込んで起こる、怪しい計画へと導いていくことになるとは知らずに。

 

この物語では、ラジオパーソナリティである主人公が仕事でやっているラジオ番組が、章の幕間に小休止のように挟み込まれて放送されている。

 
彼はラジオで
バーでの何でもない出来事を、面白おかしくリスナーに届ける。
本当に起きた出来事とは異なる、噓の話に作り替えて放送する。

 

その他にも、この物語には多くの嘘が紛れ込んでいる。
人を騙すための嘘、自分を納得させるための嘘。
そして誰かのためを想う、優しい嘘。

 

すべてが同じ「嘘」には違いないのに、読み終わったあとは登場人物たちの言葉が全く別の温かさをもって伝わってきた。

 

ちょっとしたボタンの掛け違いが、何の気なしに選んだ選択が、思い描いていた未来を変えてしまう。

 

「あの時、ああしていれば良かった。」
誰もが思う感情に対しての、主人公のアンサーがとても胸に響く。

 

個人的にはタイトルの意味を知った時に、ふと涙腺が緩んでしまった。
目に見えないものでも、確かに実在しているんだ。

 

では次回。

「ファーストラヴ/島本理生」の感想と紹介

89.ファーストラヴ/島本理生

 

なぜなら「今」は、今の中だけじゃなく、過去の中にあるものだから。(p.260)

 

ファーストラヴ (文春文庫)

ファーストラヴ (文春文庫)

 

父親殺害の容疑で逮捕された女子大生の動機を探るため、臨床心理士の主人公は本人や彼女の周囲の人々に話を聞くことで、少女の過去を明らかにしていく、島本理生直木賞受賞作となった長編サスペンス。

 

ナラタージュ」や「RED」などで有名な島本理生さん。

始めて読むにあたって、最近よくテレビで見かけて興味を持ったこの本を選んだ。

 

アナウンサー志望で就活をしていた女子大生の環菜

彼女はその最中、父親を殺害した容疑で逮捕される

 

殺したことを認め、自分の動機が分からないと語る彼女に対して、臨床心理士の由紀は弁護士の迦葉と共に、対話をすることで、彼女のパーソナリティを掘り下げようとする。

 

しかし、彼女と話をして周りに聞き込みをすればするほど、本人の言葉周囲の人物評価との妙なずれや齟齬が生まれ始め、話の辻褄が合わなくなっていくことに困惑する。

 

そして、彼女にとっての両親という存在人格を形成していく過去が浮き彫りになっていくにつれて、一体誰が嘘をついているのか、何が真実なのか、最後までどういう結末を迎えるのかが分からなくなっていった。

 

登場人物たちが苦悩すること。きっと傍目では気づかない、想像でしか感じ取れない胸の内に潜む心情を、島本理生さんは代弁するように丁寧に描いている。

 

対話すること、理解してくれることが、自分の心に無意識に押しとどめてきた想いを、丁寧にすくい出してくれることに繋がると改めて気づかされた。


誰もが、その想いを沸々と奥底に忍ばせながら生活している

作中の人物だけじゃなく、この作品に触れたすべての人々が。

 

そんな世の中で、臨床心理士という仕事が、心に傷を負った人々にとってどれだけ助けになっていることか。この本を通して、痛いほど伝わってきた。

 

では次回。

「そして、バトンは渡された/瀬尾まいこ」の感想と紹介

88.そして、バトンは渡された/瀬尾まいこ

 

「そう、自分の明日と、自分よりたくさんの可能性と未来を含んだ明日が、やってくるんだって。親になるって、未来が二倍以上になることだよって」(p.315)

 

そして、バトンは渡された (文春文庫)

そして、バトンは渡された (文春文庫)

 

様々な理由から親が何回も入れ替わり、学年の節目には住む環境ががらりと変化する日々を送った主人公が伴侶を持つまでを綴った、瀬尾まいこの長編小説。

 

2018年の本屋大賞受賞作。
88冊目の末広がり感にもぴったりな幸せな気持ちになれる本。

 

高校生になった主人公の優子は、血の繋がらない父親”森宮さん”と二人で暮らす。
さらに、それまでに父親が三回、母親が二回変わっている。

 

そんな普通の人とは異なる境遇においても、優子はいつも強かで凛としていて、自分が不幸だとは微塵も感じていない。教師に問われても逆に困ってしまうぐらい困っていない。

 

なぜなら、優子は押し付けれたわけではないから。

まさにバトンのように、みんなが愛情を注いで、受け渡されていった存在だった。

 

実の親に加えて、自由奔放で我が道を進んでいく梨花さん、懐深く皆を見守っていた泉ヶ原さん、そして毎回料理は自分の独壇場とばかりに優子に食べさせたいものを作る森宮さん。それぞれに違った愛情の形があった。

 

個人的には森宮さんがとてもお気に入り。
もちろん変な人なのだけど、どこか人間臭くて、夜ご飯での優子とのほのぼのとした会話には、読んでいるこっちもほかほかと幸せな気持ちになった。

 

きっと誰かの親になった後にこの本を読むと

また違った気持ちになるんだろう。

 

そして、文庫版の上白石萌音さんの解説も良かった。

この文章よりも断然良い。人柄がにじみ出ている。

 

では次回。