カタコトニツイテ

頭のカタスミにあるコトバについて。ゆる~い本の感想と紹介をしています。

「錬金術師の密室/紺野天龍」の感想と紹介

113.錬金術師の密室/紺野天龍

 

錬金術と呼ばれる力が存在する世界で、密室の中で殺された錬金術師の死の謎を解明する、紺野天龍のファンタジー×ミステリー。

 

いわゆる「特殊な能力が存在している世界で起きるミステリー」であるこの作品では、まさにタイトルにあるように錬金術という特殊な力を用いる者が存在する。

 

彼らは錬金術師」と呼ばれ、世界に七人しか同時に存在せず、先天的に特別な才能を持ってこの世に生れ落ちると言われている。

 

そんな世界で、勤務中に酒を飲んでは女の子を虜にするほどの美貌を持つ錬金術師のテレサと真面目で愚直に仕事をこなす堅物のエミリアはひょんなことから、ある大企業が主催する世紀の大発見を発表する式典に参加することになる。

 

しかし、その場で行われるはずだった発表を待たずして、企業の顧問錬金術師であった男が殺害されているのを彼らは発見する。

 

不老不死を実現していた男が三重に囲われた密室で殺された謎を解くため、テレサエミリアの二人は危険を冒しながら事件の捜査に乗り出す。

 

どことなく厨二心がくすぐられる設定だけども、錬金術が存在することによる世界の発展や国の情勢の変化など、ファンタジーの世界ながらもしっかりと細部まで世界観が作り込まれているのが印象的だった。

 

登場人物たちはどいつもこいつも曲者揃いで、素直な奴が一人もいやしない。そして出てくる名前や専門用語が長すぎて全然覚えられない。何より口に出すと舌がこんがらがりそうになるくらい発音しにくいんだけど。

 

とにもかくにも、特殊能力存在しているという前提で構築されるトリックや推理はどれも新鮮でわくわくするので、この設定の作品を見かけると買わずにはいられない自分がいる。他にもあれば教えて欲しい。

「密やかな結晶/小川洋子」の感想と紹介

112.密やかな結晶/小川洋子

 

記憶はただ増えるだけじゃなくて、時間をかけながら移り変わってゆくからね。(p.127)

 

知っていたはずの物事の記憶が少しずつ消滅していく島で生きる人々の姿を描いた、小川洋子の長編小説。

 

その島で暮らす人々は、ある日突然一つの物の記憶が消滅する。

それは空を飛び交う「鳥」であったり、またある時は野に咲く「バラの花」であったり、日常で誰もが使ったことのある「切手」であったり。

 

島の住人たちはそうした記憶の消滅に取り乱すこともなく、淡々と事実を受け入れて新しい日常に適応していく。なぜか記憶を失わない、ごく少数の人々を除いて。

 

そんな不思議な世界で小説家として生きる主人公は、記憶を失っていくことを自然の摂理だと受け止める傍ら、記憶を失わない人々を連行して記憶狩りを行う秘密警察に対して不信感を抱いてく。

 

この物語においての「記憶」という存在。
それは、忘れてしまうものではなくて、消滅してしまうもの。
いつか思い出すこともない、不可逆的で取り戻すことができないもの。

 

現実で生きる自分たちは、忘れた物事でもいつか何かの拍子で頭の中に記憶の種が芽生えて、もう一度出くわすことがある。
でも、島で生きる彼らにとっては永遠の別れに等しい。

 

記憶が消滅してもありのままを受け入れる人々と、記憶を失っていない事を悟られないように心のうちに潜めて生きる人々。彼らにはもう消滅した物事に抱いた感情や思い出を共有することはできない。

 

この物語を読むと、形のない「記憶」という存在はどこまでも流動的で不確かなものなのだと改めて思わせられる。そして、劇中でのゆるやかに大切なものを失っていくような感覚が、ひっそりとこの世にも存在しているんじゃないかと、ふと怖くなる。

 

現在、未知なる現象によって不安定に揺らいでいる世の中だからこそ、物語をまっすぐに受けとめて読んでみて欲しいなとも思う。

 

それにしても小川洋子さんの情景描写の秀逸さにはいつも圧倒される。
特に「重苦しい地下室の中で、彼の手袋だけ平和な匂いがした」の文。良いなぁ。

 

では次回。

「眼球堂の殺人/周木律」の感想と紹介

110.眼球堂の殺人/周木律

 

 

奇怪な形をした邸宅に招かれた放浪の数学者と付き添いの記者は、謎に包まれた事件に見舞われる、周木律の長編理系ミステリー。

 

メフィスト賞を受賞した「堂」シリーズの第一作目となる作品。
久々に読む本格ミステリー。

 

共同研究をするために各地の数学者のもとに押し掛けては世界中を放浪する数学者の十和田只人は、彼をストーカーのごとく付け回す若手ジャーナリストの陸奥愛子と共に、ある著名な建築家が作り上げた巨大な館を訪れることになる。

 

館の名は「眼球堂」

その名に違わぬ奇怪な風貌をしたその場所には、各界を代表する天才たちが集められていた。

 

しかし、その館に集う面々が勢ぞろいしたのも束の間、理解しがたい出来事が次々と彼らを襲う。

 

不可思議な館の謎とその場所で起きる不審な死。
外と遮断されたクローズドサークル浪漫しかない。

 

何より数学者である十和田が語る知識が、物語の謎を解き明かすための推理とリンクしていく様がとても面白い。ユークリッドの公理正十七面体の話も興味深かった。

 

そして何と言っても「眼球堂」という現実味が感じられないような建築物で起こるからこそ、フィクションの中でしか起きえない事件の謎にここまで惹かれるのかもしれない。

 

正直、数学は全く得意ではないのだけど、理系ミステリーは大好き。
自分の想像を超える領域で展開されるからこそ、驚きと興奮が増すんだな。

 

では次回。

「ありえないほどうるさいオルゴール店/瀧羽麻子」の感想と紹介

111.ありえないほどうるさいオルゴール店/瀧羽麻子

 

「でも音楽ってそういうものかもしれません。印象的な思い出の後ろで、鳴っている。反対に、その思い出を呼び起こすこともできる」(p.217)

 

ありえないほどうるさいオルゴール店 (幻冬舎文庫)
 

お客さんの心に流れる音楽を聴き、世界に一つだけのオルゴールを作る店で起こる出来事を描いた、瀧羽麻子の短編小説。

 

北の街でオルゴール店を営む風変わりな店主には、人の心に流れる音楽が聴こえた。

 

耳の聞こえない少年やバンドでの夢を諦めて就職する女子高生、ピアノを弾くことに迷いが生じた少女。思い思いの悩みを携えながら、彼らは店に迷い込む。

 

そして、そんな店を訪れた人々は、店主から世界にたったひとつだけしかないオルゴールを受け取り、聞き過ごしてきた想いに耳を傾ける。

 

ふらっと訪れた、決して普段だったら入ることは無かっただろうオルゴール店。

おぼつかない足元を照らしてくれる灯火のような、魔法の小さな箱から流れる音と出会った彼らが前を見据えて歩いていく姿に心が温かくなった。

 

物語を通して店主の素性はあまり語られることはなかったけど、だからこそ一つ一つのエピソードに登場する人物たちの人柄や想いがすっと心に入ってきたような気がする。

 

おそらくこの物語の舞台となっているだろう、小樽の街にも行ってみたくなった。
運河のほとりにある小さなオルゴール店。探してみよう。

 

では次回。

 

「いなくなれ、群青/河野裕」の感想と紹介

109.いなくなれ、群青/河野裕

 

この物語はどうしようもなく、彼女に出会った時から始まる。(p.16)

 

いなくなれ、群青(新潮文庫)

いなくなれ、群青(新潮文庫)

 

島に来た記憶を無くした主人公は、かつて離れ離れになった少女と出会ったことで無くしたものを取り戻す、河野裕の青春ミステリ―。

 

「階段島」シリーズの第一作目となる作品。
印象的なタイトルに見覚えがある人も多いかもしれない。

 

捨てられた人々が集まる島。
その場所で生活している誰もが、島に来た理由を忘れている。

階段島と呼ばれるその島で平穏な生活を送っていた主人公だったが、一人の少女との再会により、この島を巡る謎と彼らがこの島にやってきた真相を明らかにすることになる。

 

自分を蔑ろにすることで、諦めることに慣れた主人公
誰よりもまっすぐで、自らの正しさをどこまでも信じる少女。

 

やがて島の謎が明かされ、この場所にやってきた理由を知った時、彼らがお互いに抱くあいまいで歪な感情には、少しづつ名前がつき始める。

 

現実でも人は誰しも成長していくにつれて、大切な何かを守るために無くしてしまう感情が存在するんだろう。良くも悪くもそうなっている。

 

この物語に登場する人々はそんな風化して忘れ去られていく感情を、痛々しいぐらいにもがいて抱きしめようとする。だからこそ、読み終わった後に正論を叩きつけられた時のような気恥ずかしさを覚えるのかもしれない。

 

おそらく読んだのは4年前ぐらい。
ただ、このシリーズは一作目しか読んでなかったので、また続きを読んでみたいなと思って書き残してみた。それにしても時が経つ速さが恐ろしすぎる。

 

では次回。

「ヒッキ―ヒッキーシェイク/津原泰水」の感想と紹介

108.ヒッキ―ヒッキーシェイク/津原泰水

 

君たちは実際に世界を救うよ、バグだらけのヒッキーズが(p.221)

 

ヒッキーヒッキーシェイク (ハヤカワ文庫JA)
 

ヒキコモリとして生活していた4人がカウンセラーの男の策によって、人間創りのプロジェクトに参加することになり騒動を巻き起こす、津原泰水の長編小説。

 

表紙だけ見てバンドの話かと思ったら全然違った。
読み終わってから再度見るとキーワードが散らばっていて面白い。

 

それぞれ異なる理由で外の世界を拒絶してヒキコモリとなった、タイムパセリセージローズマリーの4人はヒキコモリを支援するカウンセラーの男によってインターネット上で引き合わされる。

 

年齢も性別もバラバラの4人が集められた理由は、人型AIやロボットに存在する違和感である不気味の谷を越えた人間を創るプロジェクトに参加するためだった。

 

目的も不明なプロジェクトに対して、始めは戸惑いを隠せなかった彼らだったが、次第に仕事にのめり込んでいくにつれて外の世界と関わるきっかけが生まれ、自らの境遇と向き合うことになる。

 

この作品、話が二転三転しては展開が目まぐるしく変化するので、どういう結末に向かっているのかさっぱり分からないまま読み進めることになった。

 

ただ、それがこの物語の魅力でもあるし、作中の登場人物の言葉を借りるなら「まるで巨大な文化祭に巻き込まれた」ような徒労感と充足感に包まれる作品だと思う。

 

個人的には1クールでアニメ化して欲しい。
話のテンポも良いし、何より映像で見てみたい。

 

では次回。

「ぼくのメジャースプーン/辻村深月」の感想と紹介

107.ぼくのメジャースプーン/辻村深月

 

人間って、絶対に他人のために泣いたりできないんだって。(p.82)

 

ぼくのメジャースプーン (講談社文庫)

ぼくのメジャースプーン (講談社文庫)

 

学校で起きた凄惨な事件によって心を閉ざしてしまった少女のため、特殊な能力を持つ小学生の主人公は犯人への復讐を試みる、辻村深月の長編小説。

小学生のぼくが通う学校で飼っていた兎が何者かによって惨殺され、その現場を目撃した幼なじみのふみちゃんは言葉を失ってしまう

犯人とされる大学生が逮捕されないことを知った主人公は、自分が持つ「条件ゲーム提示能力」という特殊な能力を用いて彼に復讐することを決意する。

動物を殺した犯人に値する罰とは何なのか。
罰を与えることで兎の命やふみちゃんが元に戻る訳ではないし、相手が反省するとも限らない。

能力の使い方を学ぶために訪れた秋先生のもとで、彼は復讐という行為の非条理さを知ることになる。

例え小学生だとしても容赦なく、死による償いの是非人間の本質について問う。
最後まで厳しさと主人公を想う優しさを兼ね備えている秋先生が素敵だった。

小さな主人公が理想と現実の隔たりに押し潰されそうになりながら最後まで悩み抜いて導いた答えは、あまりにも切なくて心が苦しくなる。

決して綺麗事で終わらない辻村さんの物語が好きだし、痛みを抱えながらも生きていく主人公たちをこれほどまでリアルに描くことができるんだと感心してしまう。

 

では次回。