カタコトニツイテ

頭のカタスミにあるコトバについて。ゆる~い本の感想と紹介をしています。

「海の見える理髪店/荻原浩」の感想と紹介

55.海の見える理髪店/荻原浩

 

英語にすれば、毎日のどうでもいいものが、別のものに見えてくる。英語は魔法の呪文だ。(p.125)

 

海の見える理髪店 (集英社文庫)

海の見える理髪店 (集英社文庫)

 

 

表題作である「海の見える理髪店」を含めた6編の物語から綴られる、第155回直木賞を受賞した荻原浩の短編集。

 

見晴らしの良い丘の上にある理髪店を訪れる青年と店主のお爺さんの交流を描いた「海の見える理髪店」を始め、夫に愛想をつかして実家に帰ることにした妻が不思議なメールを受け取る「遠くから来た手紙」、小さい女の子が海を目指す冒険の道すがら、ゴミ袋を被る少年と出会う「空は今日もスカイ」など、性別も年齢も様々な語り手が登場する。

 

どの物語にも共通しているのは、短い文章の中に胸が締め付けられるような息苦しさを感じ、終わった後にはどこか考え込んでしまうような深い余韻を感じられること。

 

表面的に描かれているわけではないけど、彼ら彼女らの背景には、やりようのない気持ちや言いたくないけど他人に気づいてほしい想いなどが、節々から読み取れる。

 

端から見てかわいそうだと思う人生が、その人にとっては普通の当たり前の生活のこともある。そして、そうやって比べている自分の心に嫌気がさすこともある。

 

上手くいかない人生は尤もで、誰もが自分の抱えている不安と、現実で周りにみせる見栄や虚栄とのアンバランスさに苦しんでいるのだなと、勝手ながら思うことができた。

 

個人的には家を出た女の人が16年ぶりに実家に帰り、絵を描いている母と会うことになる「いつか来た道」という物語が、一番心にくるものがあった。

 

だから、一番気に入った。

 

では次回。