75.i/西加奈子
でもいつ、悲しみ終えたのだろうか。皆が悲しみ終えていい瞬間は、いつ訪れたのだろう? (p.71)
入学式の翌日に学校教師が言った「この世界にアイは存在しません」という言葉に衝撃を受けた主人公は本当のアイとは何かを探し求める、西加奈子の長編小説。
主人公であるワイルド曽田アイはシリアで生まれ、アメリカ人の父と日本人の母に養子として引き取られて、何不自由のない裕福な家庭で過ごす。
しかし、彼女は恵まれた環境と、自分のルーツであるシリアを始めとする貧困に窮する国で暮らす子供たちに置かれた現状との違いに戸惑い悩まされることになる。
今まさに生きるか死ぬかの渦中にいる人々を、彼女は想像で案じることしか出来ない。そして、安全な環境にいる彼女がその人々のためを思い、苦しむことはいけないことなのか。
世界で起きる災害や事件、悲劇に対して、当事者ではない自分たちが哀れみ心を痛めることは、どうしたって傲慢で自分事でしかないのかもしれない。
それでも彼女は自らが置かれた環境に対して、常に自問自答して向き合い、苦しむ人々を忘れないように刻み付け、自己と闘うように考え抜いて成長していく。
きっと世界の出来事と自分の日常の境界線をどこかで決めないと、自分の心が壊れてしまうから、悲惨な惨状に耳を塞いでしまうのかもしれない。
それでも、線は引いたとしても、決して切り離したくないと深く思った作品だった。
では次回。