89.ファーストラヴ/島本理生
なぜなら「今」は、今の中だけじゃなく、過去の中にあるものだから。(p.260)
父親殺害の容疑で逮捕された女子大生の動機を探るため、臨床心理士の主人公は本人や彼女の周囲の人々に話を聞くことで、少女の過去を明らかにしていく、島本理生の直木賞受賞作となった長編サスペンス。
始めて読むにあたって、最近よくテレビで見かけて興味を持ったこの本を選んだ。
アナウンサー志望で就活をしていた女子大生の環菜。
彼女はその最中、父親を殺害した容疑で逮捕される。
殺したことを認め、自分の動機が分からないと語る彼女に対して、臨床心理士の由紀は弁護士の迦葉と共に、対話をすることで、彼女のパーソナリティを掘り下げようとする。
しかし、彼女と話をして周りに聞き込みをすればするほど、本人の言葉と周囲の人物評価との妙なずれや齟齬が生まれ始め、話の辻褄が合わなくなっていくことに困惑する。
そして、彼女にとっての両親という存在、人格を形成していく過去が浮き彫りになっていくにつれて、一体誰が嘘をついているのか、何が真実なのか、最後までどういう結末を迎えるのかが分からなくなっていった。
登場人物たちが苦悩すること。きっと傍目では気づかない、想像でしか感じ取れない胸の内に潜む心情を、島本理生さんは代弁するように丁寧に描いている。
対話すること、理解してくれることが、自分の心に無意識に押しとどめてきた想いを、丁寧にすくい出してくれることに繋がると改めて気づかされた。
誰もが、その想いを沸々と奥底に忍ばせながら生活している。
作中の人物だけじゃなく、この作品に触れたすべての人々が。
そんな世の中で、臨床心理士という仕事が、心に傷を負った人々にとってどれだけ助けになっていることか。この本を通して、痛いほど伝わってきた。
では次回。