カタコトニツイテ

頭のカタスミにあるコトバについて。ゆる~い本の感想と紹介をしています。

「正欲/朝井リョウ」の感想と紹介

135.正欲/朝井リョウ

 

「どこにいても、その場所にいなきゃいけない期間を無事に乗り切ることだけ考えてる。誰にも怪しまれないままここを通過しないとって、いつでもどこでも思ってる」(p.153)

 

正欲

正欲

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様々な人物の視点を行き交いながら、彼らが生きる世界の中で覆われたままになっていた欲望に対して現実はどう応じるのか、朝井リョウの10周年作家記念作品。

 

今まで読んだ作品の中で一番、導入文に困ってしまった。
そんなわけなので、ただただ思ったことを書いていく。

 

YouTuber、好きな生き方、新しい時代、ダイバーシティルッキズム、繋がり。
どこかでふと目にしたような言葉たちが、この作品には散りばめられている。

 

今まで何の気無しに受け流してきたものを、知らないままで済ませようとしていたものを直視した時の生々しさがこの作品には随所に存在する。物語の時間が「令和」に向かってカウントダウンされていくにつれて、その正体に対して自分はどう受け止めればいいのか、問いが頭の中をぐるぐると回っていた。

 

正しい欲と書いて「正欲」
誤魔化しの効かない、有無を言わさない言葉。
 
この作品に登場する人物たちは「正欲」に対する向き合い方に思い悩む。片時も手放さないように持つものもいれば、見ないように蓋をするもの、諦めるように側に置くものもいる。
 
人が想像し得るものまでを「正しい」で括るなら、それ以外のものを何と呼べばいいのか。
正しいもので覆われた世界の対岸で生きる人たちの叫びが聞こえてくるようだった。
 
また、語り手が変わっていくにつれて、それぞれが相反する考えを唱えているにもかかわらず、誰の言葉にも糾弾されているような感覚に陥る瞬間があった。気付いたら自分の立ち位置が分からなくなっていた。
 
それはきっと自分が確固たる考えを持つことのないまま読み始めたからなんだろうけど、今となっても異質性を許容できる世界が正しいのかどうかは分からない。
 
ただどちらにしても、個人の想いを尊重しつつ、その人が安寧な居場所を取ることができる距離を周りが図っていくことが必要になってくるのだとは思う。その想いを蔑ろにしてまで、最優先にすべき主張などないだろうから。
 
既定路線のような流れに水を差す様な、そんな問いの投げかけ方をできる朝井リョウさんに、正直面食らってしまった。前回読んだのがおもしろエッセイだったからかもしれない。
 
ちなみに、所々漏れ出る棘のある言葉の選び方が、自分はとても好きだったな。