カタコトニツイテ

頭のカタスミにあるコトバについて。ゆる~い本の感想と紹介をしています。

「ひと/小野寺史宜」の感想と紹介

138.ひと/小野寺史宜

 

しゃべろうと思わなければ誰ともしゃべらずにいられる。独りになるというのは、要するにそういうことだ。(p.33-34)

 

20歳の秋、母が亡くなったことで天涯孤独の身となった主人公は、商店街の惣菜屋でコロッケをおまけしてもらったことがきっかけで少しづつ自らの人生を歩き始める、小野寺史宜の長編小説。

 

2019年の本屋大賞2位となった小野寺さんの青春小説。
真っ直ぐで偽りのないタイトルに惹かれた。

 

主人公の柏木聖輔は高校生の頃に父を亡くし、女手一つで東京の大学へと送り届けてくれた母親もまた、大学の3回生になった時に急死してしまう。

 

頼れる親戚もおらず、大学も辞めざるを得なくなり、サークルで弾いていたベースでさえも続けることができなくなる。故郷の鳥取から遠く離れた地で、彼は独りになる。

 

しかし、途方に暮れながらふらついて歩いていた商店街で、惣菜屋のコロッケをお婆さんに譲ったことで生まれた不思議な縁から、彼はその店で働かせてもらうことになる。

 

この物語は、読んでいる人たちの多くにとって「非日常」の物語だ。
今も両親がいて、大学に行くことができて、運良く仕事に就くことができた自分にとってもそう。

 

でも、主人公の聖輔惣菜屋の人たちや商店街のお客さん、地元から上京してきた同級生たちと交流しながら生活していく様子は、どこまでも彼の「日常」としてありのままに描かれる。

 

受け入れ難い現実をそばに置きながらも、変わらない誠実さと実直な人柄で日々ひとの温かさに触れてていく。大袈裟でなく、劇的でもない。ただ彼が自ら決めた人生を、読者は見守りながら読み進めていく。

 

最後の最後まで良い意味で変わらず、あるがままに運命を受け入れていた主人公が涙を見せた瞬間、じんわりと胸の奥が熱くなった。

 

それに、主人公たちの会話の細かい部分が妙に自分の感覚と似通っていて、いちいち小さく共感してしまったのが面白かった。電車賃を浮かすために歩くとことか、メロディのあるベースラインを弾く方が好きなとことか、小さい子のカニクリームの発音とか。

 

そして何より、コロッケが無性に食べたくなる。
スーパーとかじゃなく、商店街に売ってるやつね。

 

では次回。