148.赤と青とエスキース/青山美智子
どちらの立場になっても、私はいつも自分から先に手を放してしまう。
待っていられないのだ。熱すぎるのも、冷たすぎるのも。(p.30)
これから先の将来に不安を抱えながらも、一枚の絵画の行き先で五つの愛の物語が綴られる、青山美智子の連作短編集。
今年の本屋大賞候補作ともなった作品。
タイトルの「エスキース」とは、絵画を描く際の「下絵」のこと。
留学先のオーストラリアで馴染めずにいた一人の少女は、友人の集まりで偶然出逢った男と期間限定の繋がりを得たことで、臆病だった心が少しづつ変わっていく。
しかし、別れの時が近づくにつれて漠然とした不安に包まれていた少女に対して、男はある画家が描く絵画のモデルになって欲しいと頼み込む。
描かれたのは「エスキース」と名付けられた、一枚の絵画。
赤と青の二色で彩られた少女の絵は、どこかやりきれない想いを抱えた人々たちを見守るように、それぞれの章で姿を現しては再生のきっかけを与える。
廃れゆく額職人という仕事と自らの将来を憂う男性。
アシスタントだった後輩に一瞬で追い抜かれ、自虐的になる漫画家。
50歳でパートナーと別れ、一人で生きていくことを誓った女性。
言葉に出来ない悄悄たる感情を飲み込みながら日々を生きていく中で、その場に居合わせる一枚の「エスキース」に導かれるように、彼らは素直な想いを吐露していく。
登場人物たちが告白するありったけの想いは、独りだけではなかなか気づけない代物で、どうにかこうにか手繰り寄せないと残らないカケラの様なもの。
それを著者の青山さんは一つづつ拾い集めて、慈愛を込めて言葉に書き起こす。だからこそ、綴られた文章は滑らかに滞ることなく心の奥にスッと入ってきた。
最終章に明かされる一つの仕掛けは、それまで読んでいた物語にさらなる彩りを加えて、見ていた景色を一変させる。五つの物語が合わさって、一枚の絵となるように。
また、タイトルになぞらえて物語に散りばめられた赤と青の対比も素敵だった。
バタフライピーが飲み物だと読むまで知らなかった。
では次回。