152.喜嶋先生の静かな世界/森博嗣
「既にあるものを知ることも、理解することも、研究ではない。研究とは、今はないものを知ること、理解することだ。それを実現するための手がかりは、自分の発想しかない」(p.109)
文字を読むのが不得意だった主人公は、大学4年生の時に出会った喜嶋先生が所属する研究室での日々によって、学問の尊さと研究に勤しむ時間の大切さに気付かされる、森博嗣の自伝的小説。
本の帯には気持ちが疲れている時や人生に迷った時に
心を整えてくれる本だと謳われていた。
読んでいると、目論みのない純粋な興味を
何かにまっすぐぶつけたくなる衝動に駆られる。
物語自体は、主人公の一人称語りで淡々と進んでいく。生まれてから大学に入学するまでの周りとの温度感の隔たり、大学での失望感と味気のない生活、そして、喜嶋先生との運命の出会い。
突飛な出来事はほとんど起こらない。
劇的な事件が起こることもない。
それにも関わらず、この物語における主人公の人生を追っていくと、ふと自分の人生を振り返るために一歩立ち止まって、遠くの景色を見渡してみたくなった。
自分は理系には進まなかったので、研究をしたこともなければ、何度も実験を繰り返して自らの考えを実証しようと試みたことはない。
それでも、主人公や喜島先生がひたむきに学問と向き合い、決して成果には結びつきづらいとしても、純粋に研究を楽しみながら日常を過ごしていく彼らの姿に、ただただ惹かれていってしまった。
何より、物語の各所で登場する喜嶋語録の数々は、どれも物事を俯瞰で捉えていて、きっと一人では気づけなかった事ばかり。学問における王道と同じように、自分もどちらへ進むか迷った時は、歩くのが難しい険しい道を選んでいきたいと思った。
では次回。