162.今日のハチミツ、あしたの私/寺地はるな
自分の居場所があらかじめ用意されている人なんていないから。いるように見えたとしたら、それはきっとその人が自分の居場所を手に入れた経緯なり何なりを、見てないだけ。(p.162)
恋人の故郷で養蜂を学ぶことになった主人公は、その場所で関わる人々とともに過ごす日々の中で、かけがえのない想いに気づいていく、寺地はるなの長編小説。
主人公の碧は恋人からの誘いを受けて、彼の故郷へとやってくるが、とある理由から自らの力だけで生活することを余儀なくされる。
帰る場所もなく、戻る家もない彼女は、それでも明日を生き抜いていくため、山の小屋で養蜂園を営む男性を訪ねて、養蜂を学ばせてもらえるよう懇願する。
どれだけへこたれようとも、憂鬱になろうとも、決して放り投げはせずに受け止めて、割り切った上で前へ進む道を見つけ出そうとする。真面目だけど、時には突拍子もない決断をする主人公の柔軟な考え方に、顔を上げて歩き出す勇気を貰えた。
ぶっきらぼうな人、素直じゃない人、頼りない人。誰もが自らの本心を語らないままやり過ごそうとしていた中で、まるでハチミツのように優しい一滴の雫が、彼らの心をまろやかに溶かしていく。
また、この作品では、養蜂園での働き方や蜂の習性など、普段知ることのできない養蜂家の裏側を覗くことができる。
それにしても、作中でこれでもかと蜂蜜を使った料理が登場するので、実際に試してみようかなという気持ちにさせられる。主人公の思う壷かもしれない。
では次回。