カタコトニツイテ

頭のカタスミにあるコトバについて。ゆる~い本の感想と紹介をしています。

「ブラフマンの埋葬/小川洋子」の感想と紹介

186.ブラフマンの埋葬/小川洋子

 

考えている時のブラフマンが僕は好きだ。
普段落ち着きのない尻尾も、思慮深くゆったりとしている。
眉間に寄るT字型の皺はりりしくさえある。(p.55)

 

芸術家の創作活動を手助けするために作られた別荘で、彼らの世話をする僕のもとにある日やってきたブラフマンと名付けられた生き物とのひと夏の交流を綴った、小川洋子第32回泉鏡花賞受賞作。

 

愛おしさと憂いを帯びた一冊。
いつまでも忘れずに、心の奥底に留めていたい物語だった。

 

ある出版社の社長の遺言によって、あらゆる芸術の創作活動のための作業場として提供されることになった「創作者の家」と呼ばれる別荘。

 

楽家や小説家、碑文彫刻家まで、幅広い種類の創作家が訪れるこの場所で、芸術家たちの世話をする役目を授かっていた「僕」のもとに、ある日の朝、傷だらけで全身に怪我を負った生き物が現れる。

 

手当てをしたその小さな生き物に「僕」は、サンスクリッド語で「謎」という意味がある「ブラフマン」という名前を授け、生活を共にすることになる。

 

尻尾が長く、小さな水かきを持っていて、自由奔放なのに暗闇が苦手で、四六時中どこでも眠れる。そんなブラフマンの姿を読者は想像でしか思い描くことはできない。

 

それでも、彼が「僕」と生活をする最中に見せる、一挙手一投足、その全てが愛おしく、ブラフマンをしつけながらも滲み出る愛情を隠しきれない「僕」の心中に深く共感の念を抱いてしまった。

 

そして、彼らが住まう村に漂う異国情緒と現実離れした世界観を創り上げているのは、物語に散らばった情景描写と言葉。

 

スズカケの葉、オリーブ林、ラベンダーの棺。自然と編み込まれた幻想的な世界を、縦横無尽に駆け回るブラフマンの姿とそれを見守る「僕」の関係は、いつまでも眺めていたいと思わせられるほど尊いものだった。

 

小川さんの物語には、永遠に続いて欲しいと願う幸せや優しい世界が、何の前触れもなく唐突に途絶えてしまう儚さが存在している。それは、現実でも同様で、だからこそ、そんな世界を愛してやまないし、いつまでも続いて欲しいと物語に願うのだ。

 

自分は「僕」とブラフマンがオリーブ林を駆け抜けていく描写が好きだった。感情を抑えきれず走り回りながら、「僕」がついてきてるかを逐一、確認する律儀なブラフマンが可愛くて仕方がなかった。

 

では次回。