カタコトニツイテ

ゆる~い本の感想と紹介をしています。想うこともつらつらと。

「怪笑小説/東野圭吾」の感想と紹介

187.怪笑小説/東野圭吾

 

タヌキが飛んだ。彼はそう思った。キューちゃんがタヌキ以外の何かである可能性については全く考えなかった。(p.113)

 

どことなく怪しい雰囲気を醸し出しながら、滑稽にも思える人々の行動をつぶさに描き出した、東野圭吾短編小説

 

UFOの正体は超能力を扱うたぬきだと信じる男
芸能人の追っかけにのめり込んでしまった、年金暮らしの老女
無人島に流れ着いた人々の娯楽として、昔の相撲実況を再現する元アナウンサー

皮肉めいたテーマの中で踊らされる登場人物たちを滑稽に描き出すと同時に、有名小説のオマージュ現代風刺に思える描写など、ところどころに毒を忍ばせた物語は、読者を不思議な読後感へと誘っている。

 

特に好きだったのは「逆転同窓会」「しかばね台分譲住宅」で、どちらも傍目で見ていると滑稽極まりないのだけど、物語の着地の仕方によって謎の満足感が残った。

 

また、東野さん現実のどこかに居そうな人々の性格や行動をキャラに落とし込むのがとても上手だと改めて感じた。

 

実際、読んでいる人が登場人物たちのことを客観的に嘲笑っているように、自身も登場人物たちのように周りから見られていることもあるのかもしれない。

 

では次回。

「ブラフマンの埋葬/小川洋子」の感想と紹介

186.ブラフマンの埋葬/小川洋子

 

考えている時のブラフマンが僕は好きだ。
普段落ち着きのない尻尾も、思慮深くゆったりとしている。
眉間に寄るT字型の皺はりりしくさえある。(p.55)

 

芸術家の創作活動を手助けするために作られた別荘で、彼らの世話をする僕のもとにある日やってきたブラフマンと名付けられた生き物とのひと夏の交流を綴った、小川洋子第32回泉鏡花賞受賞作。

 

愛おしさと憂いを帯びた一冊。
いつまでも忘れずに、心の奥底に留めていたい物語だった。

 

ある出版社の社長の遺言によって、あらゆる芸術の創作活動のための作業場として提供されることになった「創作者の家」と呼ばれる別荘。

 

楽家や小説家、碑文彫刻家まで、幅広い種類の創作家が訪れるこの場所で、芸術家たちの世話をする役目を授かっていた「僕」のもとに、ある日の朝、傷だらけで全身に怪我を負った生き物が現れる。

 

手当てをしたその小さな生き物に「僕」は、サンスクリッド語で「謎」という意味がある「ブラフマン」という名前を授け、生活を共にすることになる。

 

尻尾が長く、小さな水かきを持っていて、自由奔放なのに暗闇が苦手で、四六時中どこでも眠れる。そんなブラフマンの姿を読者は想像でしか思い描くことはできない。

 

それでも、彼が「僕」と生活をする最中に見せる、一挙手一投足、その全てが愛おしく、ブラフマンをしつけながらも滲み出る愛情を隠しきれない「僕」の心中に深く共感の念を抱いてしまった。

 

そして、彼らが住まう村に漂う異国情緒と現実離れした世界観を創り上げているのは、物語に散らばった情景描写と言葉。

 

スズカケの葉、オリーブ林、ラベンダーの棺。自然と編み込まれた幻想的な世界を、縦横無尽に駆け回るブラフマンの姿とそれを見守る「僕」の関係は、いつまでも眺めていたいと思わせられるほど尊いものだった。

 

小川さんの物語には、永遠に続いて欲しいと願う幸せや優しい世界が、何の前触れもなく唐突に途絶えてしまう儚さが存在している。それは、現実でも同様で、だからこそ、そんな世界を愛してやまないし、いつまでも続いて欲しいと物語に願うのだ。

 

自分は「僕」とブラフマンがオリーブ林を駆け抜けていく描写が好きだった。感情を抑えきれず走り回りながら、「僕」がついてきてるかを逐一、確認する律儀なブラフマンが可愛くて仕方がなかった。

 

では次回。

「母性/湊かなえ」の感想と紹介

185.母性/湊かなえ

 

そんなふうに、わたしの存在というのは、母の描く幸せという絵のほんの一部、小道具のようなものに過ぎなかったはずだ。
それでも、充分だった。
わたしにも、同じ絵が見えていたのだから。(p.59)

 

それぞれ苦悩を抱える母と娘の手記を通して、彼女たちの人生を回顧しながら悲劇が起きてしまうまでの過程を描き出す、湊かなえ長編ミステリ

 

女子高生が自宅の中庭で倒れているのが発見されたという記事から物語は始まる。
世間は事故自殺かと騒ぎ出し、母と娘の関係を嬉々として思い巡らせる。

 

その後、自身の母親への愛が忘れられない「母」
不器用に母親への愛情を求める「娘」
彼女たち二人が語り手となり、事件が起こるまでの日々を回想する。

 

母からの愛を一心に受け、それに応えて生きてきた「母」にとって娘の行動は理解できず、自身の母親を介した娘への愛情は歪んだままだった。

 

一方、母親から受ける愛の形に戸惑いながらも、ただただ無償の愛を求め続けた「娘」の献身は、心に溢れる想いの大きさとは程遠く、拙い状態でしか母に伝わることはなかった。

 

そして、彼女たちの手記でそれぞれ描かれる光景は、同じ時を過ごしたとは思えないほど食い違っていく。物語が進んでも互いに求める幸せが重なり合うことはなく、意図した想いがかけ離れた形で伝わるたびに、彼女たちの関係性はどんどん歪になっていく。

 

全ての愛情が正しく伝わることはない。彼女たちが愛をなすりつけたり、待ち侘びたりしている姿を見ていると、一層、その意味が残酷に響いた。

 

それでも、小説の中で提示される「母性」とは何なのか、その答えを読んだ時、彼女たちが抱いていた愛の形の片鱗を少しだけ理解できたような気がした。

 

それにしても、登場する男たちの頼りがいと存在感の無さと言ったら。
最後まで女性の強さに圧倒されたまま終わっていた。

 

では次回。

「革命前夜/須賀しのぶ」の感想と紹介

184.革命前夜/須賀しのぶ

 

「価値観なんて、たった一日で簡単に反転する」(p.121)

 

冷戦下のドイツに音楽留学のために訪れた主人公は、国内を取り巻く因縁の歴史に翻弄されながらも、自らの音と向き合い成長していく、須賀しのぶの長編小説。

 

ベルリンの壁崩壊前の東ドイツ、バッハの生まれた国へ自らのピアノと向き合うために訪れた主人公の青年は、ドレスデン音楽大学で優秀な学生や留学生たちとともに、日々、音楽の探求に勤しんでいた。

 

そんなある日、彼は教会のオルガンでバッハを軽やかに演奏していた女性が奏でる、澄んだ輝きを放つ銀の音の虜になってしまう。

 

しかし、彼女は国家保安省・シュタージの監視対象であり、異国人である主人公を冷たい態度で突き放す。そこで主人公は、自らが現在住んでいる国がどれほど国家に縛られているのかを思い知らされる。

 

東西をベルリンの壁に隔てられたドイツは、色鮮やかな街並みが目を惹く西側と比べ、東側は無機質で整然とした世界が広がっており、そこかしこに潜む国家の目に見張られながらの生活を強いられていた。

 

そんな、色褪せた灰色の街を舞台にした物語を少なからず彩るのは、古くから音楽文化が色濃く残るドレスデンで演奏される名曲の数々。

 

また、この物語を読んでいると、当時、蔓延していたであろう、それぞれの街の空気感や風景の色合いを、まるでその場に立っているかのように肌で感じ取ることができた。

 

そして、鉄のカーテンによって閉ざされていた東西がベルリンの壁の崩壊によって開かれるまでの、国民の反体制運動の高まり亡命を求める群衆のうねり、そして、この時代を生きる者が胸に抱いていたであろう戦いの焔が燃え上がっていく様を読者は目の当たりにする。

 

音楽自体は変わらないのに、素晴らしい曲も演奏する人の評価も、築き上げた地位でさえも、社会の変容や些細な行動によって瞬く間に反転する。だからこそ、その渦中で失われたものを拾い上げるためには、一つ一つの歴史を辿っていくしかないのかもしれない。

 

では次回。

「ライオンのおやつ/小川糸」の感想と紹介

183.ライオンのおやつ/小川糸

 

ここには、ささやかな希望がたくさんちりばめられている。(p.75)

 

若くして余命わずかと告げられた女性が、瀬戸内に浮かぶ島のホスピスで過ごす最後の日々をあたたかに描きだし、2020年の本屋大賞2位を受賞した小川糸の長編小説。

 

主人公の雫は33歳という若さで人生に残された時間がもう残り少ないことを知らされ、最後の日々を「ライオンの家」と呼ばれるホスピスで過ごすことを決心する。

 

瀬戸内の海に浮かぶその場所は、過ごす人々の人生に残された日々を幸せな記憶で埋め尽くすために、館内の至る所に様々な希望が散りばめられていた。

 

そんな希望の一つとして、人生の最後に食べたいおやつをリクエストすることができることを知った主人公は、同じように余命を申告された居住者、そして犬の六花と触れ合いながら、過去の記憶を辿って人生最後のおやつを何にしようかと思い悩む。

 

物語の中で描かれる主人公の些細な言動からは、ささやかな喜びや悲しみの感情に振り回されながらも、心の隙間が少しずつ埋まっていくことに安心しているような、そんな目には見えない温かな幸せを感じ取ることができる。

 

そして、正反対の感情を行ったり来たりしながらも、美味しいものを食べること好きなものと触れ合うこと過去の記憶を胸に抱くことは、ずっと変わらず彼女に幸せを分け与えてくれていた。

 

最期の旅立ちを受け入れることと、諦めることの意味は違う。だからこそ、主人公が緩やかに死を受け入れながらも、最後まで生きることを諦めないでいたことは、読み終わった今でも、心の中に希望の明かりを灯してくれる。

 

個人的にプリンを逆さまにして食べたくなる気持ち、すごく分かる。
そっちの方が何倍も美味しそうに見えるから。

 

では次回。

「キノの旅/時雨沢恵一」の感想と紹介

182.キノの旅/時雨沢恵一

 

「止めるのは、いつだってできる。だから、続けようと思う」(p.12)

 

国から国へと移動しながら旅をする一人の人間一台のモトラドは、各地で世界の不条理さを目の当たりにする、時雨沢恵一冒険ファンタジー

 

短編形式で非常に読みやすいが故に、どこまで読んだのか分からなくなる。
だから、もう一度、最初から読み進めて行こうと思い立った。

 

2丁の拳銃を器用に使いこなす旅人キノは、言葉を話す二輪車エルメスとともに、国から国へと移動を続けながら各地を放浪する。

 

彼らが訪れるのは、様々なルールのもとに成り立つ国。

 

人の痛みが分かる人々が住む国何もかもが多数決で決まる国長く続いた戦争が終わり、平和になった国

 

一見、理想的な世界に見える国々で過ごすキノエルメスだったが、滞在している間に少しずつ街や人々の様子に違和感を感じるようになる。

 

それぞれのエピソードで語られる物語は、まるで古くから伝わる寓話のようで、美しさに隠れた醜さが露わになるにつれて、どこまでも世界は表裏一体で成り立っているのだと、乾いた感情に苛まれてしまう。

 

それでも、どこか俯瞰的な目線と達観した面持ちで世界を眺め、そして、時に感情的になってしまうキノと、場の空気を和ませながらキノを見守るエルメスの姿を見ていると、旅路の果てにある美しい世界を少しだけ信じてみたくなる。

 

では次回。

「タルト・タタンの夢/近藤史恵」の感想と紹介

181.タルト・タタンの夢/近藤史恵

 

白い皿の上で、アイスクリームは静かに溶けていく。
まるで、魔法が解けるように。(p.48)

 

商店街にひっそりと佇むフレンチ・ビストロで起こるちょっと不思議な出来事は、無口なシェフの手によって鮮やかに紐解かれる、近藤史恵短編ミステリ。

 

小さなフレンチレストラン「ビストロ・パ・マル」では、気取った特別な料理やフルコースではなく、本場フランスの家庭料理を中心とした素朴な味を楽しむことができる。

 

そんな場所で従業員として働く主人公は、俳句好きでワインソムリエの女性高級ホテルでスーシェフをしていたコックなど、愉快な面々とともに店を切り盛りしていた。

 

しかし、そんなフレンチ・ビストロに訪れた人々は、素敵な料理に舌鼓を打ちながらも、ささやかな謎を店に残して去っていくこともある。

 

妻の作ったタルト・タタンを食べてお腹を壊した男、鵞鳥のカスレをわざわざ食べたいと希望する女性、割り切れない数のチョコレートを販売するショコラティエ

 

何だか腑に落ちない、頭の隅に引っ掛かるような謎は、ビストロで振る舞われる魅惑の料理と共に、それら全てを作り上げる、侍のような見た目をした無口なシェフによって紐解かれていく。

 

物語の中では、馴染みのないフランス料理の数々がいくつも登場するけれど、そのどれもが思わず食べてみたくなるぐらい魅力的に描かれていて、豊富なフレンチの知識に驚かされながらも、ふらっとレストランに立ち寄りたくなる誘惑に駆られる。

 

こんなビストロが家の近くにあったなら、きっと常連になって通いたくなるんだろうなと思う。ちなみに、まだフレンチを食べたことは人生で一度もない。

 

では次回。