カタコトニツイテ

頭のカタスミにあるコトバについて。ゆる~い本の感想と紹介をしています。

「シャイロックの子供たち/池井戸潤」の感想と紹介

254.シャイロックの子供たち/池井戸潤

 

胸に抱いていた悩みか、怒りか、はたまた絶望か。そんな、割り切れず、はけ口もない感情があったはずだ。(p.168)

 

とある銀行の支店で起こった不可解な現金紛失事件をきっかけに、さまざまな銀行員の視点から行内に漂う不穏な空気と隠された秘密が露わにされていく、池井戸潤連作短編集。

 

10人の異なる銀行員が語り手となり、東京第一銀行・長原支店を舞台に繰り広げられる人間ドラマとそれぞれが抱える苦悩が描かれる群像劇となっている。

 

支店の成績、個人のノルマ、身近な人間関係など、一人ひとりが異なるプレッシャーに晒され、どこか張り詰めた空気が支店内を覆っているなか、突然、起きた現金紛失事件。

 

すぐに解決に至ったかのように見えたが、不可解な謎が残った事件は銀行内で尾を引き、やがて思わぬ事態を引き起こしていく。

 

さまざまな立場にいる人々の葛藤や行動の意図が描かれるなか、それぞれに共通しているのは自らだけでなく家族に対しての想いも持ち合わせていること。

 

リアリティの塊のような銀行内の会話や、具体的に描写される家族とのやりとりを見せつけられることで、自分自身も彼らと同じようにキリキリと胃が痛んできた。

 

第9話が本当に心にくる。
池井戸潤さんの作品のなかでも異色の物語かもしれない。

 

では次回。

「星を掬う/町田そのこ」の感想と紹介

253.星を掬う/町田そのこ

 

千羽鶴みたいじゃないですか。綺麗なだけで何も救わない」(p.23)

 

元夫の暴力から逃れるため、かつて自分を捨てた母が住む家へと越してきた女性は、ほかの住人たちとともに暮らす生活のなかで、親子の在り方と他者との関係に思い悩む、町田そのこの長編小説。

 

町田そのこさんは、いつも緩やかに大切な何かを奪われ、抗うすべもなく諦めていく人を描いている。今、この世界のどこかに、でも確かにいる人々。

 

主人公の女性・千鶴は子どもの頃、母親に捨てられる前にふたりで旅をした夏の思い出をラジオに投稿したところ、実際に企画で採用されて放送で読み上げられてしまう。

 

すると、その放送を聴いた女性からラジオ局に連絡があり、千鶴の母と現在、同居していて、ふたりを会わせてあげたい想いを伝えられる。

 

最初は気が乗らなかった千鶴だったが、離婚した夫の暴力や金の無心に怯えていた彼女は母が住む「さざめきハイツ」へと移り住み、ほかの住民たちと奇妙な共同生活を始めることになった。

 

しかし、長年の母娘のわだかまりは簡単には溶けることがなく、母の若年性認知症が深刻化していくにつれて、想いは少しずつすれ違い、遠のいていく。

 

希望が見いだせない日々に浸かっていると、明日を生きていくための歩き方を忘れてしまう。途方に暮れるあの娘たちの未来を照らしてあげたいと強く抱いた彼女もまた、後悔の念を心に宿しながら、どうにもならない過去の記憶に苛まれている。

 

それでも、失っていく記憶のなかで思い出の砂を掬いあげたとき、悲しみや痛みのなかに星のように輝くカケラがあればいい。そうあってほしい。そのひとかけらで報われる思い出がきっとあるはずだから。

 

では次回。

「白夜行/東野圭吾」の感想と紹介

252.白夜行/東野圭吾

 

「俺の人生は、白夜の中を歩いているようなものやからな」(p.436)

 

大阪の廃墟ビルで起きたひとつの事件を契機に、被害者の息子容疑者の娘の人生は大きく変動する、東野圭吾の長編ミステリ。

 

いつかは読まないといけないなと思いつつも、ずっと手を出せていなかった作品。
圧巻だった。

 

1973年に起きた一件の殺人事件。大阪の廃墟ビルで殺された質屋の店主のもとからは、100万円の現金が消えていた。

 

容疑者は次々と捜査線上に浮上するが、それぞれ明確なアリバイがあったため捜査は難航し、やがて事件は未解決のまま闇へと葬られる。

 

その後、迷宮入りとなった事件の被害者である男の息子・桐原亮司と、容疑者とされた女の娘・西本雪穂は、それぞれまったく別々の道を歩いていく。

 

時は流れ、彼らの成長とともに交友関係や生活圏は変化するが、周囲ではいくつもの不穏な事件の影が見え隠れする。

 

800ページを超える物語のなかで、ふたりの男女の本心が描かれる場面はほとんどない。何度も視点が切り替わっていくものの、登場人物たちの目に映る彼らには、決して踏み入れてはならない境界線が存在していた。

 

ただ、どうにかして本心を暴きだそうとする行為が無粋に思えるほど、ベールに包まれたふたりの内面には、彼らしか知りようのない夜があった。

 

タイトルも含めて、東野圭吾作品のなかではダントツで好きな物語かもしれない。この先もずっと読み継がれていくだろう、不朽の名作。

 

では次回。

「まち/小野寺史宜」の感想と紹介

251.まち/小野寺史宜

 

お前を頼った人は、お前をたすけてもくれるから。たすけてはくれなくても、お前を貶めはしないから(p.183)

 

両親を亡くして歩荷を営む祖父に育てられた主人公は、高三の春に単身で東京へと旅立ち、見ず知らずの場所で人と交わりながら成長する、小野寺史宜の長編小説。

 

2019年の本屋大賞2位を獲得した『ひと』の続編にあたり、登場人物は異なるが前作の舞台となった砂町銀座商店街を歩く一幕も。店長もお元気で何より。

 

小学生のときに起きた火事で両親を亡くしたことで、荷物を運ぶ歩荷として働く祖父に引き取られた主人公・江藤俊一

 

祖父にあこがれて仕事を引き継ぐ意思を持っていたが、祖父に「よその世界を知って人と交われ」と諭されて、群馬の尾瀬から東京へとひとり旅立つ。

 

荒川沿いのアパートで、アルバイトをしながら暮らす日々。波乱万丈なことはなくとも、隣人と助け合いながら、仕事を通じて出会った人々と接しながら、祖父の言葉を忘れずにゆっくりと流れる日常を踏みしめて歩いていく。

 

小野寺さんの文章は、何でもない会話や心象描写から、その人の優しさや温かさがじかに伝わってくる、人肌のような安心感がある。

 

だから、主人公の青年も、その周りにいる人たちも、みんなの未来が少しでも明るいものであってほしいと、素直な心で願ってしまうのかもしれない。

 

では次回。

「コンビニ人間/村田沙耶香」の感想と紹介

250.コンビニ人間/村田沙耶香

 

私は世界の部品になって、この「朝」という時間の中で回転し続けている。(p.6)

 

大学卒業後も就職することなく、コンビニエンスストアでアルバイトを続ける女性の生活と人生観を描き、第155回芥川賞を受賞した、村田沙耶香の長編小説。

 

36歳未婚である主人公の女性は、生活の全てをコンビニアルバイトに費やし、ほかの物事には興味を示すことなく、世界の一部として生きていた。

 

周囲の訝しむ目線から逃れるように、機械的に近くの人々の言動を真似していく。本人にその気はなくとも、世界から弾きだされないように、誰かが考えた「普通」を装う。

 

それでも、コンビニを軸として回る彼女の心根がぶれることはない。

 

この物語を読んでいると、そんな彼女が心の内でつぶやく疑問や人生観が、いつの間にか自身の内側にまで侵蝕していくようで、しばらく考えこんでしまった。

 

彼女が生きる世界を異常だと断じるだけの経験と蓄積が自分にはあるのか、むしろ自分こそ無味乾燥な日々を送っているのではないか、そんな不安がじわじわと押し寄せてくる。

 

ただ、主人公が正論で薙ぎはらっていく脳内セリフは好きだった。容赦なさすぎて。

 

では次回。

「爆弾/呉勝浩」の感想と紹介

249.爆弾/呉勝浩

 

思考が真っ黒になり、真っ白になった(p.276)

 

東京全土を揺るがす連続爆発事件。その犯人と思われる人物の言動に翻弄されながらも、都民を救うために警察は必死で奔走する、呉勝浩の長編ミステリ。

 

障害の容疑で逮捕された男、スズキタゴサク
冴えない見た目と違わない、自嘲的な発言。

 

しかし、刑事による取り調べのさなか、霊感による爆発の予言が的中したことで、彼を取り巻く状況は一変する。

 

さらには、次々と彼の予言どおりに爆発が起こり、スズキタゴサクは国がかざす正義を逆撫でする言動を繰り返しては、東京を恐怖の色に染めていく。

 

警察も人を変えながら、あの手この手で彼の正体と爆弾のありかを暴こうとするが、どんな言葉も感触のないまま、彼の体をすり抜けていってしまう。

 

社会から弾かれたことで、警察を皮肉めいた言動で嘲笑う。
間違いなく、悪意に満ちていると言いきれるほどの男。

 

それなのに、真っ黒としか思えない被疑者を完膚なきまでに否定できないのは、彼の言動が潔白とは言い切れない心を、数滴の後ろめたさで濁らせるからだ。


今まで読んだ小説のなかでも特に印象に残る悪役ではあったけれど、まさか続編が出るとは思わなかった。

 

では次回。

「忘れられた巨人/カズオ・イシグロ」の感想と紹介

248.忘れられた巨人/カズオ・イシグロ

 

それに、おまえへの想いは、わたしの心の中にちゃんとある。何を思い出そうと、何を忘れようと、それだけはいつもちゃんとある。(p.74)

 

古のグレートブリテン島で仲睦まじく過ごす老夫婦は、忘れてしまった息子に会うため旅に出る、カズオ・イシグロの長編ファンタジー

 

知り合いのカナダ人の男性から勧められた作品。
カズオ・イシグロさんの物語を読むのは初めてだった。

 

遠い昔、アーサー王なき後のブリテンを舞台に、おぼろげな記憶とともに生きる老夫婦は、かつてともに暮らしていた息子の存在を思い出す。

 

その後、離れた地で密やかに生きているはずの息子に会うため、ふたりは一世一代の旅に出ることを決意して、かすかな記憶を頼りに大平原を進んでいく。

 

鬼に襲われた少年。それを助けた若き剣士。竜退治を使命にする老騎士。

 

静かに時を刻みながら進んでいく物語は、どこか不自然な描写を映しだしながら、彼らの旅路を静謐に描いていく。

 

やがて、忘却の正体が明らかになると、互いを慮りながら歩いてきた老夫婦は、この国に隠された真実を目の当たりにする。

 

ブリテン人サクソン人、ふたつの人種がともに生きる世界で、静寂の水面に波紋が広がるように、少しずつ記憶が押し戻されていくとき、人は愛や勇気を無くさずにもっていられるだろうか。

 

では次回。