287.小説/野崎まど
一つ一つの言葉の意味に隠れて、文脈の裏側に未来の欠片が織り込まれていたのかもしれない。それを先に知れたのは多分幸福なことなのだろう(p.111)
小説に魅せられた2人の少年が歩んでいく人生とともに、なぜ小説を読むのかという根源的な問いかけを紐解いていく、野崎まどの長編小説。
5歳のときに『走れメロス』を読んで、父親を喜ばせる方法が小説を読むことだと悟った内海集司は、その後の人生をすべて小説に捧げる。
そして、彼が12歳のときに出会った生涯の友となる外崎真との出会いと、2人がとあるきっかけで入り浸るようになった小説家の髭先生が住むモジャ屋敷の日々が、彼らの生きる日々を豊かに押し広げていく。
「小説とは何か」という根源的な問いかけを含む物語を、小説に魅せられた2人の少年の自覚と苦悩とともに紐解いていく。彼らを言祝ぐのも、昂ぶらせるのも、慰めるのも小説だった。
自分の人生を凝縮して、小説に捧げる姿は理想であり、憧れであり、同時に呪縛でもあった。こんな人生を歩めたらいいのにと抱く希望と、こんな人生を歩めるはずがないという諦めは紙一重にすぎない。
物語の途中までどういう風に着地するのか未知数だったけれど、明快に導いた答えの明瞭さと、最後の一文に至るまでの筆致に小説家の矜恃を感じた。終盤で一気に物語が収束していくのが野崎まどらしい。
では次回。






