カタコトニツイテ

頭のカタスミにあるコトバについて。ゆる~い本の感想と紹介をしています。

「小説/野崎まど」の感想と紹介

287.小説/野崎まど

 

一つ一つの言葉の意味に隠れて、文脈の裏側に未来の欠片が織り込まれていたのかもしれない。それを先に知れたのは多分幸福なことなのだろう(p.111)

 

小説

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小説に魅せられた2人の少年が歩んでいく人生とともに、なぜ小説を読むのかという根源的な問いかけを紐解いていく、野崎まどの長編小説。

 

5歳のときに『走れメロス』を読んで、父親を喜ばせる方法が小説を読むことだと悟った内海集司は、その後の人生をすべて小説に捧げる。

 

そして、彼が12歳のときに出会った生涯の友となる外崎真との出会いと、2人がとあるきっかけで入り浸るようになった小説家の髭先生が住むモジャ屋敷の日々が、彼らの生きる日々を豊かに押し広げていく。

 

「小説とは何か」という根源的な問いかけを含む物語を、小説に魅せられた2人の少年の自覚と苦悩とともに紐解いていく。彼らを言祝ぐのも、昂ぶらせるのも、慰めるのも小説だった。

 

自分の人生を凝縮して、小説に捧げる姿は理想であり、憧れであり、同時に呪縛でもあった。こんな人生を歩めたらいいのにと抱く希望と、こんな人生を歩めるはずがないという諦めは紙一重にすぎない。

 

物語の途中までどういう風に着地するのか未知数だったけれど、明快に導いた答えの明瞭さと、最後の一文に至るまでの筆致に小説家の矜恃を感じた。終盤で一気に物語が収束していくのが野崎まどらしい。

 

では次回。

「架空の犬と嘘をつく猫/寺地はるな」の感想と紹介

286.架空の犬と嘘をつく猫/寺地はるな

 

あなたのその嘘つきなところを優しさと呼んで愛してくれる人のところに生まれて、わたしの知らないところで幸せになってくれたら、どんなに良かったでしょう。(p161)

 

「嘘」をつくことで何かを保っていた家族が、30年にわたる月日をかけて少しずつ解かれていく過程が静かに描かれる、寺地はるなさんの長編小説。

 

1988年から始まる物語の冒頭、羽猫家の長男として生まれた山吹の周りには、両親に反発する姉と、現実には存在しない何かを拠り所にして生きる大人たちがいた。

 

とある出来事が原因で空想の世界に生きる母親。彼女と向き合うことを恐れ、愛人の元に入り浸る父親。思いついたアイデアをすぐに実行しようとする祖父に、商店街の店でさまざまな雑貨を売る祖母。

 

そんな変わった大人たちに囲まれて育った山吹もまた、家族を繋ぎ止めるために、見えない何かを守るために「嘘」をつく。

 

しかし、彼の優しさを犠牲にして成り立つ関係性は、山吹の初恋相手でひとつ上のかな子アルバイト先の同僚で同い年の頼との出会いを経て、少しずつなだらかに変化していく。

 

寺地はるなさんが描く家族は、形があるようでなくて、繋がりがないようであって。互いの嘘によって成り立っていた世界が、経年とともに剥がれていく。剥がれたからこそ滲み出した弱さや優しさは、混ざり合うようにして家族を包んでいく。

 

中盤で登場する母親の手紙が忘れられない。思いは届いているのに、届いただけで辿りつかない瞬間が、これほどまでに苦しいなんて。

 

では次回。

「テミスの不確かな法廷/直島翔」の感想と紹介

285.テミスの不確かな法廷/直島翔

 

理解と共感は紙一重だ。苦痛にあえいだ被告人の人生を思うほど、理解というものが理解の領域をはみ出していった。(p.92)

 

幼い頃に発達障害だと診断された裁判官が自身の特性を隠しながら、不可解な事件に潜む違和感や矛盾に気づく、直島翔の連作短編ミステリー。

 

「テミス」とは法を司るギリシア神話の女神のことで、右手に剣、左手に天秤を持ち、それぞれ「正義」「公平さ」を表している。

 

東京から地裁に異動してきた裁判官の安堂。彼は幼少期にASD自閉スペクトラム症ADHD(注意欠如多動症の診断を受けており、意図的に周囲との関わりを持たないようにしていた。

 

しかし、ある裁判で被告人とのコミュニケーションが不通だった弁護士を初公判で解任し、法廷は大きな騒ぎになってしまう。さらに、後任の女性弁護士は裁判官である安堂に相談を持ちかけるなど、徐々に彼の人間関係には変化が生まれていく。

 

人と接するときの不安やルーティンから外れた行動に対する恐れ。発達障害のある安堂が日常で体験する一つひとつの出来事と、それに対する心の揺れ動きをありのままに描写しながらも、決してラベルを貼ることなくキャラクターを浮かび上がらせる。

 

公判の手続きや裁判の進め方など、馴染みのない法廷のルールもていねいに言葉にしてくれているので学ぶことも多かった。本作が原作となっているNHKドラマも誠実に描いてくれているので、ぜひ観てほしい。

 

では次回。

「熱源/川越宗一」の感想と紹介

284.熱源/川越宗一

 

「理不尽の中で自分を守り、保つ力を与えるのが教育だ」(p.221)

 

一方的に文明の変化を押しつけられ、故郷を奪われた北海道育ちのアイヌ国を失ったポーランドが、国の狭間で揺れる樺太(サハリン)にて邂逅する、第162回直木賞を受賞した川越宗一の長編歴史小説

 

樺太(サハリン)で生まれたアイヌのヤヨマネクフは、北海道に移住したのちに、山辺安之助と名前を変える。アイヌ人の集まる集落で暮らしていたものの、つるりと滑らかになっていく自らのルーツを辿るために、故郷の地へと戻ることを決意する。

 

一方、リトアニアに生まれたブロニスワフ・ピウスツキは、革命の気配が漂うロシアの強烈な同化政策により、母語であるポーランド語を話すことも許されなかった。さらに、皇帝の暗殺計画に巻き込まれた結果、苦役囚として樺太に送られてしまう。

 

アイデンティティを脅かされる国の政策や、絶え間なく起こる文明の変化に晒されながらも、厳しい風土の樺太(サハリン)に降り立った2人は、やがて運命的な出会いを果たす。

 

19世紀の終わり頃、国が不安定に揺れ動く時代において、人種や民族を優劣と混同して、理不尽に淘汰しようとする勢力は実在した。それでも、屈することのない志に火を灯して、熱を帯びた意思で対抗する彼らの軌跡が、物語には轍のように残っている。

凍てつくような島で迸る2人の衝動が、弱肉強食の摂理で動く世界に異を唱える。
湧き上がる熱の源を肌で感じた。まさに歴史という名の物語だった。

 

では次回。

「ババヤガの夜/王谷晶」の感想と紹介

283.ババヤガの夜/王谷晶

 

「荷物にしてはうるさいけど、女子大生にしちゃ静かだから、運べてる」(p.62)

 

暴力に生きてきた不屈の女性と、ヤクザの箱入り娘として丁重に育てられてきた少女、2人の名前のつかない繋がりがバイオレンスな筆致とともに描かれる、日本人作家初のダガーを受賞した王谷晶の長編小説。

 

とにかく主人公のキャラクターが魅力的。吐き出す言葉にことごとくパンチが効いていて、彼女の言動にずっと心を奮わされていた。

 

喧嘩の腕を買われてヤクザにスカウトされた主人公の新道依子は、想像を絶するパワーで抵抗したものの、暴力団会長の一人娘である尚子の護衛を無理やり依頼される。

 

孤高の一匹狼である依子にとっては未知の仕事だったが、不承不承でついた護衛の任務を遂行するうちに、箱入り娘で自由のない尚子の孤独や絶望に触れていく。

 

血生臭いにもほどがある描写ですら、なぜだかさらっと読めてしまうユーモラスが香る文体で、ハードボイルドな物語に新しい風を吹き込んでいた。

 

2人の間に生まれたのは、愛情でも友情でもない。守るものと守られるものの関係性をも超えたふつつかな繋がりが、暴力と犯罪に塗れた裏側の世界を生きてきた彼女たちの何かを壊した。

 

その事実だけが、これからも2人とともにある。

 

では次回。

「オオルリ流星群/伊与原新」の感想と紹介

282.オオルリ流星群/伊与原新

 

人間は誰しも、一つの星を見つめて歩いている。ある者にとってはそれが叶えたい夢かもしれないし、またある者にとっては到達すべき目標かもしれない。(p.264)

 

28年ぶりに再開した高校の同級生たちは、手作りで天文台を建設する計画に協力するうちに、過去の記憶と現在の生活を顧みる、伊与原新の長編小説。

 

高校最後の夏、巨大タペストリーを制作する日々の中で仲を深めた同級生たちは、かつての仲間・天文学者の彗子が地元に帰郷した噂を耳にする。

 

28年の時を経て、戸惑いや後悔を抱えながら人生を過ごしていた彼らは、たった1人で天文台を建設しようとする彗子の突飛な計画を手伝いながら、今まで目を逸らしていた腑に落ちない過去やままならない現実とも向き合っていく。

 

歳を重ねていくにつれて、綺麗な思い出だけが美化される。相対的に見つめられる現実は燻んでいても輝かしくても、手に触れられる。だからこそ、幸せな日常であろうとなかろうと、次第に目の前の生活に慣れてしまう人は多いのかもしれない。


そう思うと、上空に果てしなく広がる宇宙は、やり場のない鬱屈とした感情や閉塞感が漂う目の前の現実を晴らしてくれる。今、作品のテーマになりやすい理由かもしれない。

 

では次回。

「消滅世界/村田沙耶香」の感想と紹介

281.消滅世界/村田沙耶香

 

あなたが信じている「正しい」世界だって、この世界へのグラデーションの「途中」だったんだと叫びたくなる(p.154)

 

人工授精で子供を産むことが定着した世界で、不変とも思えた恋愛・結婚・家族の形に翻弄される人々の姿が描かれる、村田沙耶香の長編小説。

 

夫婦間の性行為がタブー視されている世界で、両親が愛し合った末に生まれた雨音は、母親のことを“異常”だと断じて嫌悪していた。

 

夫以外の人やアニメのキャラクターと恋愛を重ねる日々を送るなかで、彼女は家庭に性愛を持ち込むことを嫌悪する朔と結婚する。

 

同じような結婚観を持つ夫と“正常”な日々を送っていたはずだったが、「エデン」と呼ばれる実験都市に移住したことで、2人の関係性は少しずつ歪んで、グラデーションのように雨音の心の形を変えていく。

 

想像もつかない世界の話なのに、なぜか今、生きている現実と断続的に接続されているような感覚になった。ディストピアの残像に現実の端っこが映りこんでくる。

 

どこかで未来の線路がスイッチされたならば、何か引き金となる出来事が起きたならば、いとも簡単にこんな世界に突入していくんだろう。そう思わせる説得力があった。

 

では次回。