カタコトニツイテ

ゆる~い本の感想と紹介をしています。想うこともつらつらと。

「十二人の死にたい子どもたち/冲方丁」の感想と紹介

162.十二人の死にたい子どもたち/冲方丁

 

「あの方は、どなたですか?」(p.68)

 

自らの命を絶つため廃病院に集まった十二人の少年少女は、閉鎖空間で起こる謎について議論を重ねる、冲方丁の長編ミステリー。

 

十二人の少年少女たち
それぞれ切実な想いを携えて、自らの意思で廃墟と化した病院を訪れる。

 

育った境遇年齢もバラバラの彼らが、唯一共通しているここに来た目的。
それは、苦しまずに死ぬこと。

 

全員一致の場合のみ、集団自殺を行うという取り決めのもと、決議がなされようとした瞬間、彼らは病院のベッドに寝かせられた、この場所にいてはならない「十三人目」の死体の存在を目の当たりにする。

 

予定調和で進んでいくはずの議論は、たった一つの謎が入り込んでしまった事により、うねりを伴って予想もつかない方向へ舵を切っていく。

 

また、十二人の少年少女たちの視点を目まぐるしく行き来するごとに、彼らが抱く等身大な葛藤が伝わり、終盤ではそれぞれを見る目が次第に変化していたことに気づく。

 

決して、共感を抱くことも、憧れを持つこともない。
それでも、彼らが最後に下した決断には、どんなものにも変え難い意義があると思った。

 

では次回。

「今日のハチミツ、あしたの私/寺地はるな」の感想と紹介

 

162.今日のハチミツ、あしたの私/寺地はるな

 

自分の居場所があらかじめ用意されている人なんていないから。いるように見えたとしたら、それはきっとその人が自分の居場所を手に入れた経緯なり何なりを、見てないだけ。(p.162)

 

恋人の故郷で養蜂を学ぶことになった主人公は、その場所で関わる人々とともに過ごす日々の中で、かけがえのない想いに気づいていく、寺地はるなの長編小説。

 

主人公のは恋人からの誘いを受けて、彼の故郷へとやってくるが、とある理由から自らの力だけで生活することを余儀なくされる。

 

帰る場所もなく、戻る家もない彼女は、それでも明日を生き抜いていくため、山の小屋で養蜂園を営む男性を訪ねて、養蜂を学ばせてもらえるよう懇願する。

 

どれだけへこたれようとも、憂鬱になろうとも、決して放り投げはせずに受け止めて、割り切った上で前へ進む道を見つけ出そうとする。真面目だけど、時には突拍子もない決断をする主人公の柔軟な考え方に、顔を上げて歩き出す勇気を貰えた。

 

ぶっきらぼうな人、素直じゃない人、頼りない人。誰もが自らの本心を語らないままやり過ごそうとしていた中で、まるでハチミツのように優しい一滴の雫が、彼らの心をまろやかに溶かしていく。

 

また、この作品では、養蜂園での働き方蜂の習性など、普段知ることのできない養蜂家の裏側を覗くことができる。

 

それにしても、作中でこれでもかと蜂蜜を使った料理が登場するので、実際に試してみようかなという気持ちにさせられる。主人公の思う壷かもしれない。

 

では次回。

「ナラタージュ/島本理生」の感想と紹介

161.ナラタージュ/島本理生

 

なにもいらないと思っていた。そんなふうに一緒にいるだけで手に余るほどだったのにいつの間にか欲望が現実の距離を追い越して、期待したり要求したりするようになっていた。(p.258)

 

主人公は恩人である高校の演劇部の顧問だった男性との、儚くも壊れゆく悲痛な関係を思い出す、島本理生の長編恋愛小説。

 

タイトルにもなっているナラタージュとは
ある人物の語りや回想によって過去を再現する技法のこと。
映画版でも、この手法が使われていた。

 

大学生の頃、主人公の女性は高校の演劇部の顧問であり、恩人でもある葉山先生から後輩達の卒業公演の手伝いをして欲しいと頼まれる。

 

彼女は先生と再会を果たすことになり
過去の思い出を交えながら、共に過ごした日々の記憶が蘇える。


そして、先生への想いは消えることなく
ずっと心の底で募っていたことに気づく。

 

登場人物たちは皆、決して取り繕うことのできない傷跡を抱えながら、その傷跡が広がる方にしか進むことが出来ないでいた。

 

また、自分本位な登場人物たちの行動は、露わになってしまった衝動から逃れらないでいるかのように、その人の弱さや脆さとなって誰かの心を絡め取っていく。

 

それでも、いっそのこと出会わなければ良かったと、そう思えない。

 

それほどの出会いが不自由な恋へと変わるとしたなら
自分は正気でいられるだろうか。

 

過去の思い出を思い出だと言い切れてもなお、忘れられない感情があるのだとしたら、心の内の全てを清算することなど、きっと出来るはずもない。

 

だって、触れてはいけないと理解しながら、手放すことも出来ず、胸の中に大切に閉まっておく必要がある思い出ほど、苦しいものは無いから。

 

では次回。

「木漏れ日に泳ぐ魚/恩田陸」の感想と紹介

160.木漏れ日に泳ぐ魚/恩田陸

 

彼の目が宙を泳ぐ時、私はいつも木漏れ日が揺れるのを見る。(p.105)

 

これから別々の道を歩むことになる二人の男女が、アパートの一室で共に過ごした過去の記憶を擦り合わせながら一つの事件について語り合う、恩田陸の長編小説。

 

改めて、印象に残る綺麗なタイトルだと思う。
非現実的なのに、情景が頭の中に浮かんでくる。

ある日の夜、二人の男女はそれまで暮らしていた、明日からはもぬけの殻となる部屋で最後の夜を過ごす。

 

張り詰めた空気が漂う中、それぞれが互いの腹の中を探りながら、過去に起こった出来事や二人で過ごした日々の思い出を回想する。

 

冒頭はまるでピントのずれたレンズのように、話の行く末に全く焦点が合わないまま、読者はぼやけた輪郭に対して必死で目を凝らしながら物語を読み進めていく。

 

なぜ、彼らは別々の道を歩むことになったのか
なぜ、互いのことを疑っているのか
そして、事件の真相とは何なのか。

 

二人の会話劇と心理戦が繰り広げられる中で、徐々に物語の全貌が明らかになっていくにつれて、彼らの関係性思いもよらぬ事実が浮かび上がってくる。

 

また、それぞれがお互いを鏡のように映し出しながら、自らの心の奥底で内省する一連のストーリーを通して、二人の男女の心の変化が丁寧に描かれているのが印象的だった。

 

男女の価値観の違いが顕著に現れている作品だと感じたので、読む人によって全く異なる感想が出てきそうだなぁとも。

 

では次回。

「ユートピア/湊かなえ」の感想と紹介

159.ユートピア/湊かなえ

 

光り輝く柔らかい絹のはごろものようなものを指先で確かにつかんだはずなのに、たぐりよせた手を開けば空っぽ。(p.289)

 

海の側にひっそりと佇む港町を舞台に、三人の女性の視点から息詰まる街の空気感や人間関係の歪みが描かれる、湊かなえの長編ミステリー。

 

実はイヤミスと呼ばれるジャンルが少し苦手で避けていたこともあり、湊かなえさんの作品を読むのは初めてだった。

太平洋を望める美しい景観を持ちながら
どこか寂れた雰囲気が漂う街、鼻崎町

 

そんな街である日、町おこしの企画としてイベントの準備をすることになった一同の中でも、とあるきっかけから3人の女性は仲を深めることになる。

 

事故により車椅子生活を余儀なくされた娘を持ち、嫁ぎ先の仏具店で粛々と働く菜々子、転勤により鼻崎町にやってきたものの、東京生活への未練が日に日に募る光稀、そして、岬近くの高台に並ぶ「芸術村」で陶芸に勤しみながら、街の素晴らしさを世に発信したいと夢見るすみれ

 

彼女たちの思惑はイベント中に発生した火災事故が契機となり、とあるブランドの設立へと繋がっていくが、やがて彼女たちを取り巻く環境はじわじわと歪み始めていく。

 

まるで漣が立つように広がっていく軋みが、誤魔化しの効かない綻びへと連鎖していく様は、物語が取り返しのつかない方向に向かっていく予感を漂わせていた。

 

また、それぞれの主観では、些細な言動に対する抵抗や嫌悪感が事細かに示されているので、余計に彼女たちの揺るぎない意思が浮き彫りになっていて、人間関係が壊れていく瞬間を目の当たりにさせられた。「ぎすぎす」という言葉がよく似合う。

 

何よりも、街に残る閉塞感人間関係の不和に何とも言えないリアリティが付随していて、現実との差異や違和感をほとんど感じなかった。この世のどこかに存在しているだろうと思わせられる世界観。

 

個人的に、最後にるり子が放った言葉は
様々な感情を綯交ぜにしたような人間味に溢れていて良かった。

 

結論として、他の作品も読んでみたい。
読まずに避けるのは良くない、と身をもって実感。

 

では次回。

「ハケンアニメ!/辻村深月」の感想と紹介

158. ハケンアニメ!/辻村深月

 

「アニメが好きなんだよね」と、彼は言った。
「どうしようもなく好きなんだから、だからもう、どうしようもないよね」(p.540)

 

鮮烈な覇権争いが繰り広げられるアニメーション業界の中で、無我夢中で奮闘する様々な人々の姿が描かれる、辻村深月の長編群像劇。

 

最初に小説を読んだのは随分と前のことなのだけど
最近、実写映画を見たので改めて書いてみる。

 

1クールに50本ものアニメが放映される中で、その頂点を目指すべくアニメーション業界で働く彼らは、作品に全身全霊を賭けてハケンアニメ」を争う。

 

作品を一から作り出す監督、その監督によって作り出された世界や人物を絵に映し出す作画、そしてその作画されたキャラに命を吹き込む声優、そんな彼らを束ねながら作品を宣伝するありとあらゆる業務をこなすプロデューサー

 

他にも脚本家編集撮影色彩美術、さらにはグッズフィギュア聖地巡礼を企画する担当者など、多くの人々が様々な形で関わりながら、一つの作品を創り上げていく。

 

自分たちは完成された作品しか見ることはない。


それでも、出来上がった30分の映像を、13話のアニメシリーズを、2時間の映画をその目で見て、一喜一憂しながら物語を十二分に楽しむことができる。

 

ただ、その作品の裏側には、顔の出ない多くの仕事人たちがいる。
そして、その誰もが作品に並々ならぬ情熱と誰にも負けない愛を注いでいる。

 

作品を後方から支える彼らの姿は、決して脚光を浴びることのない裏方だとしても、好きな作品を作ることに時間も労力も厭うことなく、確固たる想いをぶつける真っ直ぐな感情で溢れていた。

 

創作に携わる全ての人々を肯定してくれるような作品なので、アニメにあまり興味を抱いて来なかった人にも、ぜひ、読んで欲しい。

 

では次回。

「くちびるに歌を/中田永一」の感想と紹介

157.くちびるに歌を/中田永一

 

「【くちびるに歌を持て、ほがらかな調子で】ってね。それをわすれないで」(p.27)

 

五島列島にある小さな中学校に通う少年少女は、共に歌う合唱を通して秘めた悩みや想いを共有していく、中田永一の青春小説。

 

長崎県に浮かぶ島国、五島列島
ある日、島に東京から音大を卒業した美人のピアニストがやってくる。

 

そんな彼女が代理の顧問となった中学校の合唱部では、様々な想いを抱えた少年少女たちが集い、Nコンと呼ばれる全国合唱コンクールを目指すことになる。

 

しかし、多感な時期を過ごす彼らにとって、男女混声の合唱はすれ違いを繰り返し、等身大な想いが幾度となくぶつかってしまう。

 

ただ、そんな状況の中でも、赤裸々に綴られる登場人物たちの「未来の自分への手紙」は、どこにも吐き出すことのできない悩みの拠り所であると同時に、勇気を出して想いを放った初々しい言葉でもあって、物語の風向きを緩やかに変えていく。

 

また、そんな瑞々しい青春物語の裏には、著者の別名義でもある乙一作品を彷彿とさせるような細やかな伏線が張り巡らされており、終盤にかけてじわじわと湧き上がるような驚きをもたらしてくれた。

 

ちなみに、この物語では音楽コンクールの課題曲として、実際にNコンの課題曲となったアンジェラ・アキさん「手紙〜拝啓十五の君へ〜」が登場している。

 

改めて歌詞を見ながら聴くと、なかなか心にくるものがあるので、読み終わった後に合唱バージョンで聴いてみて欲しい。

 

では次回。