カタコトニツイテ

ゆる~い本の感想と紹介をしています。想うこともつらつらと。

「殺した夫が帰ってきました/桜井美奈」の感想と紹介

199.殺した夫が帰ってきました/桜井美奈

 

ずっと、こんな日が来ることを恐れていた。だけど不思議と頭の片隅で、こんな日が来るかもしれないと覚悟もしていた。(p.16)

 

かつて崖から突き落としたはずの夫が目の前に現れた日を境に、登場人物たちが抱えた秘密は暴き出されていく、桜井美奈長編ミステリ

 

展開がスピーディで読みやすいので
気楽に手にとってみて欲しい一作。

 

都内のアパレルメーカーに勤務している主人公は、取引先の男からしつこく言い寄られた挙句、家の前まで追いかけられ襲われそうになるが、そんな彼女をすんでのところで救ってくれたのは、かつて殺したはずの夫だった。

 

自身への態度も、性格さえも一変していた夫に対して、初めは戸惑って訝しんでいた主人公だったが、一緒に暮らしていくにつれて、彼との生活に不思議と安心感を抱くようになる。

 

物語が進んでいくにつれて次々と露わになる真実は、愛に翻弄され、罪を背負った人々が生きるために、どんなものと引き換えにしてでも、一生抱えていかなければならないものだった。

 

だけど、大事なものを犠牲にまでして手に入れたものを
微動だにせず、いつまでも持っていられるだろうか。

 

落としてしまえば楽になれると囁かれながら
それでもなお、掴んで離さずにいられるだろうか。

 

震える体を必死に抑え込んで、何事もなく生きていくことを是とする世界なのだとしたら、あまりにも救いがない世の中だと感じてしまうな。

 

では次回。

「名探偵のままでいて/小西マサテル」の感想と紹介

198.名探偵のままでいて/小西マサテル

 

紡げば、すべてが物語。
世の中で起こるすべての出来事は、物語。
”作りごと”だから美しい。(p.254)

 

認知症を患っている祖父は、お見舞いにやってくる孫娘が持ち込む謎に対して、物語を紡ぐように鮮やかに解き明かしていく、小西マサテルの長編ミステリ。

 

主人公の祖父は、かつて小学校の校長先生として多くの生徒から愛される存在だった。

 

しかし、ある日、子どもたちの名前を誰一人として忘れずに覚えているほど聡明だった祖父が、レビー小体型認知症だと告げられる。

 

レビー小体型認知症とは、認知症の中でも10%ほどの割合を占める症状であり、その特徴として挙げられるのが、はっきりとした幻視が見えること。

 

見えないはずの物が視界の中を蠢く。
それは認知症を患う者にしか見えない幻。

 

そんな認知症を患う祖父へ、一抹の不安と僅かな希望を込めて孫娘から贈られる物語は、どれも結末の分からない謎を孕んでいる。

 

プールの授業中に消えてしまった先生。殺人を目撃したはずなのに、名乗り出て来ない幻の女。教室の児童たちを騒がせる幽霊騒動

 

数多の謎に対して、祖父はレビー小体が脳に広がっているはずの脳細胞で、まるで物語の続きが目の前に広がっているかのように解き明かしていく。

 

タイトルにも込められた祖父に対する想いと、孫娘に物語を紡ぎながら、許されたそのかけがえのない時間を大切に過ごす祖父の関係性はどこまでも尊いものだった。

 

交わす言葉も紡がれた物語も、きっといつまでも忘れずに心にしまって、ふとした時に思い出す。そんな光景が頭に浮かぶようだった。

 

では次回。

「麦本三歩の好きなもの 第二集/住野よる」の感想と紹介

197.麦本三歩の好きなもの 第二集/住野よる

 

嫌なこともしんどいことも問題にならないほど大切な、世界からのご褒美が贈られる。それは、数えきれないほどの、好きなもの。(p.13)

 

図書館に勤める20代女子、麦本三歩の自由気ままで他愛のない日常を描いた、住野よる短編小説。の続編。

 

たくさんの好きなものに囲まれながら、日々の幸せを甘々に受け止めつつ、時には失敗して落ち込むことはあれど、友人や職場の先輩に励まされて事なきを得る。

 

実際のところ、普通の人が過ごす日常とさして変わりはないのかもしれない。

 

けれど、そんな取り留めのない日常も彼女の目から見れば、感情があっちこっちへお出かけしては、多彩な言葉が飛び交う毎日へと生まれ変わっていく。

 

そして、この続編では、そんな欲望に素直に忠実かつ、欲も望も暴れ回っている三歩と関わる賑やかな面々にちょっとした変化が起こり始める。

 

真面目な後輩ができたり、生活が謎に包まれたお隣さんとコミュニケーションを取ろうとしたり、自身に興味がありそうな年上の男性と外に出かけたり。

 

人間関係の変化に戸惑う三歩を眺めつつ、彼女の好きなものが詰め込まれた円が、ふと身近なものにまで広がると、途端に特別な日常を共有しているような気持ちになれる。

 

個人的に、三歩の日常にはちょうど良い塩梅の堕落感がある気がする。楽しいことばかりに浮かれている時もあれば、ちゃんと現実に不安を感じる場面もある。

 

それは誰にでもある感情で、心の奥底に眠らせているものなのかもしれない。
ただ、三歩が少しばかりおっちょこちょいで、思考がアクロバティックなだけで。

 

では次回。

「恋する寄生虫/三秋縋」の感想と紹介

196.恋する寄生虫/三秋縋

 

何から何までまともではなくて、しかし、それは紛れもなくそれは恋だった(p.6)

 

社会から隔絶された二人の男女は、秘密を共有しながら行動をともにするうちに恋に落ちるが、やがてその恋は虫によってもたらされたものだと知らされる、三秋縋の恋愛サスペンス。

 

友人に勧められた一冊。
各章のタイトルは全て「虫」に擬えられている言葉で構成されていた。
好き去ったのは冬虫夏草

 

度を超えた潔癖症によって、仕事を辞めざるを得なくなった主人公の男は、違法なコンピュータウイルスを作成していたことを嗅ぎつけた男から、犯罪行為をばらさない代わりにある仕事を依頼される。

 

それが、髪を金色に染めて学校にも行かず、常にヘッドフォンをかけている、とある17歳の少女と友達になること。

 

計画的に出会わされた失業中の青年と不登校の少女は、最初こそ互いを訝しんでいたものの、秘密を打ち明け、社会復帰に向けて共に過ごすうちに、彼ら二人の間には歳の差を超えた恋愛感情が生まれていく。

 

しかし、その恋が成就するかと思われた最中、主人公は彼女と自身の体に隠された「虫」が「恋」を引き起こしているという、衝撃の事実を明かされることになる。

 

たった一つの事実によって、確固たる意思が揺らいでしまう登場人物たちの行動は、いかに人の恋感情が脆く儚いものであるかを示しているかのようだった。

 

それでも、寄生虫による病から逃れるように、二人が自らの意思選択を疑いつつも、恋の感情を何度も解釈しようとする姿を見ていると、なぜだか非合理的で感情的な恋だったと信じられる気がした。

 

また、この物語では、学術書かと疑うくらい「虫」に関するあらゆる知識が記されていて、虫たちの行動原理となる合理的な考え方が興味深かった。

 

では次回。

「おやすみ、東京/吉田篤弘」の感想と紹介

195.おやすみ、東京/吉田篤弘

 

人と人がどんな風につながってゆくかは、様々な理由があり、その理由となる道筋やきっかけが、この街には無数にある。このまちでこの仕事をしていて、いちばん感じるのはそれである。(p.124-125)

 

思い思いの悩みや淋しさを抱えた人々が、深夜の東京の街ですれ違いながら、誰にも言わなかった記憶を静かに分かち合っていく、吉田篤弘の長編小説。

 

緩やかに世界観に没入しながら、ぼんやりとレイトショーで映画を眺めている時間みたいな、心地よい読書体験だった。

 

深夜一時、東京。

 

夜更け過ぎの街の中で、ある人物は映画会社で「調達屋」として働く最中、撮影に使う果物のびわが見つからず途方に暮れ、またある人物は電話のオペレーターとして世の悩める人達からの言葉を聞き、夜のタクシー運転手は彼女たちを拾って深夜の道路をひた走る。

 

物語に登場する人物たちは、誰も彼もが知り合いな訳ではないのに、様々な場面でそれぞれが引き寄せられるように出会ったかと思えば、肝心な時にその場所に居なかったりもして、絶妙なタイミングの噛み合わなさが面白かった。

 

世界観も独特で、別々の物語の主人公たちが偶然、同じ街に降りたったかのような多種多様で個性光る人々が入り乱れると、時折、ぎこちなさを感じさせる会話や出会いがあり、それがまた都会の人間関係を象徴しているようだった。

 

それでも、様々な人や物が放り込まれたブラックボックスのような夜の底が広がる街で、人と人とが出会って細く拙い糸が繋がり始めると、自然と違和感も解きほぐされていく。

 

東京と言う街に住んでみて、改めて不思議な街だなと思う。
果てしなく広大に感じる時もあれば、案外、狭くて窮屈に感じる時もある。常に無数の人々が押し寄せて煩わしいと感じる時もあれば、不意に寂しさが目の前を通り過ぎることもある。

 

孤独な時は人に会いたくなるけれど、人と会うのにもあれこれと理由をつけたくなるのが人というものなので、きっかけを探すのに無意味に苦労してしまうんだなと、悩める登場人物たちの姿を見て自戒する。

 

では次回。

「雲を紡ぐ/伊吹有喜」の感想と紹介

194.雲を紡ぐ/伊吹有喜

 

「心にもない言葉など、いくらでも言える。見た目を偽ることも、偽りを耳に流し込むことも。でも触感は偽れない。心とつながっている脈の速さや肌の熱は隠せないんだ。」(p.255)

 

学校での友人関係がきっかけで不登校になってしまった高校生の主人公は、盛岡にある祖父が営む工房で羊毛から布を創り出す不思議な仕事に触れ、自らが紡ぎたい色を見つけようとする、伊吹有喜の長編小説。

 

高校生の美緒は同級生からのからかいや両親との不和から離れようと、家を出て列車に一人飛び乗り、祖父が工房を構えている岩手県盛岡市へと向かう。

 

そんな盛岡で祖父が営んでいるのは、羊毛を自らの手で染め、糸を紡いで織っていくことで出来上がる唯一無二の「ホームスパン」を創る仕事だった。

 

祖父の工房へと転がり込んだ美緒は、祖父から自分の色を探し出して、自分だけの布を作ってみるように促され、工房の人々に手助けしてもらいながら、少しづつホームスパン作りを学んでいく。

 

こだわりを持って、丁寧に作り上げられる職人の仕事。自らの手で色を決めて、糸を紡ぎ、時を越えても受け継がれていく布を織っていく、まるで雲を紡ぐような仕事。

 

そんな仕事を通して、主人公の美緒や彼女の両親は自らの人生を反芻しながら、奥底に隠れた素直な本心に少しづつ気づき始める。

 

何よりも、決して急かすことはせず、言葉が紡がれるその時を待ちながら、彼らを導いていく祖父の言葉は、雨粒が岩に染み入るようにじんわりと心を伝っていくみたいで、一つ一つの言葉を大切に書き留めたい気持ちにさせられた。

 

また、この物語では、四季折々の景色が広がる岩手の大自然も含めて、実際に存在する盛岡の名所や飲食店が数多く登場していて、思わずその地へと降り立ってみたくなるほど魅力的に描かれている。

 

改めて、自分にとっても一度は行ってみたい場所の一つになった。
登場人物たちが心酔するイーハトーブの街はどんなところなのだろう。

 

では次回。

「青い春を数えて/武田綾乃」の感想と紹介

193.青い春を数えて/武田綾乃

 

曖昧な微笑。曖昧な返事。私が他者に見せる感情はいつだって、水で薄めた絵の具みたいに芯がなくてぼんやりしている。(p.28)

 

少女から大人へと変わっていく中で生まれる葛藤や等身大の悩みを抱えた5人の高校生が、様々な感情に振り回されながらも成長していく、武田綾乃連作短編集

 

放送部の部室や補修で居残った放課後の教室で、平凡で何気ない会話を交わす彼女たちは、それぞれ心の奥底に漂うモヤモヤとした感情を抱えながら学生生活を過ごしている。

 

先輩と後輩、姉と妹、友人同士、顔と名前しか知らない同級生。
関係性は変われど、彼女たちが胸に秘める想いは、どれも遠い場所に置き去りにしたい感情に他ならないけれど、見向きもせずに誤魔化したくないものでもある。

 

それでも、綺麗な青春の中でもがきにもがいて、躓いても吹っ切れたように前を見据える彼女たちの姿は清々しいくらいに頼もしく思えた。

 

また、この物語で描かれる彼女たちの日常は、決して急激に変化していくものではなくて、途切れず緩やかに移ろっていく電車の風景のようで、だからこそ、変わらない日々の中で変わろうとする勇気がどれほど称賛に値するものなのかを思い出させてくれた。

 

自身の中で矮小化してしまいそうになる悩みは、表に出さずに溜め込んでいるとどこまでも膨らんで、やがて不安だけ残して萎んでいく。

 

でも、呆けてしまうほどの長い時間、自問自答しながら答えを探していたものが、近くにいた人の何の気無しに呟いた一言で解決してしまうことだってある。

 

一瞬で過ぎ去っていく青春の日々の中で、綺麗な思い出も切実な想いも全て引っ括めて、前に進んでいく道標になっていくのかもしれない。

 

では次回。