カタコトニツイテ

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「浅草ルンタッタ/劇団ひとり」の感想と紹介

179.浅草ルンタッタ/劇団ひとり

 

お雪のピアノに合わせて舞台上で季節が過ぎていく。
劇場の天井の澄み切った青空から光が降り注ぐ。
音が光になり、光が歌になる。(p.113)

 

煌びやかな遊郭が立ち並ぶ吉原から少し離れた浅草六区で、行き場をなくした女性たちが集まる「燕屋」を中心に繰り広げられる人情劇を描いた、劇団ひとりの長編小説。

 

様々な理由でその身を娼婦へと移した女性たちが集まる「燕屋」の店の前に、ある日、一人の赤ん坊が捨てられているのを千代という女性が発見する。

 

かつて遊女として吉原で働いていた彼女は、過去に自らの子を亡くしており、周囲の反対を押し切って赤ん坊を育てることを決心する。

 

お雪と名付けられたその子どもは、温かく見守る「燕屋」の人々とともに賑やかな幸せに囲まれて成長していたが、店を利用していた一人の男の狼藉によって、彼女らの人生の歯車は大きく狂い始める。

 

明治から大正へと時代が移り変わり、物語の場面が登場人物の視点とともに転換していくと、まるで小説内に登場する芝居小屋の演劇のように、悲喜こもごもな出来事が積み重なり、がらっと人々の様相も変化していく。

 

そんな過酷な運命に翻弄されながらも、時代の節目を耐え抜いていく登場人物たちを、それでもかろうじて繋ぎ止めていたのは、浅草六区に広がる下町が独自に育んだ芸術や文化だったように思う。

 

まだ9歳だったお雪が目を輝かせながら観覧した「風見屋」の芝居、西洋の文化を取り入れながら独自の進化を遂げた「浅草オペラ」の舞台。

 

古くから残る浅草の文化に助けられながら、彼女らは順風満帆とは到底言えないような人生に希望を見出そうとする。

 

また、これほど哀しみにまみれた出来事が立て続けに起こる中でも、登場人物たちが決して無くさない、人情味あふれる優しさが一際、光っていた。

 

この物語を読んで、浅草という地には、過去から引き継がれている清濁入り混じった歴史が刻まれているのだと、改めて思い知らされる。

 

そして、そんな哀しみや寂しさも、全てを抱え込んで、でも最後には笑えるような、並々ならぬ底力を感じる浅草が、自分はきっと好きなのだ。

 

では次回。