173.嘘の木/フランシス・ハーディング
嘘は暗い緑色の煙となって家のまわりをかすみのようにとり囲み、ささやきあい不思議がりおびえる人々の口からこぼれ落ちる。(p.238)
世間の目から遠ざかるために島への移住を余儀なくされた博物学者の一家のもとに、さらなる災いが降りかかる中、少女は父の汚名を払拭するため真実を追い求めていく、フランシス・ハーディングのファンタジー小説。
新進気鋭のイギリス人作家であるハーディングの長編ファンタジー。
不思議な表紙絵とタイトルに惹かれて。
多くの名声と尊敬の眼差しを受けていた博物学者のサンダリーは、世紀の大発見が捏造であるという噂が流れたことにより、一家ともども遠い地への移住を強いられてしまう。
そんな一家を追い立てるかのように、暗い噂は移住した島にも影を落とし、一時は歓迎されたように見えた人々からも冷酷な眼差しを向けられるようになる。
さらに、不幸な出来事は彼らのもとに重ねて襲いかかり、挙げ句の果てに、博物学者であるサンダリーは島の中で不審死を遂げたところを発見される。
しかし、父の死を不可解だと感じていた娘のフェイスは、父がひた隠しにしていたある植物の存在を知り、真実を追い求めていくことを決意する。
この物語の根幹となる存在である「嘘の木」
人の嘘を養分に育ち、その実を食べた者に真実を見せる。
どこまでも現実的な思想が広がっている物語の中で
明らかな違和感として登場する不思議な植物。
たった一滴のインクが水を黒く染めるように、その植物がもたらす事実によって、幻想的な世界観が物語を覆い、人々の心に閉じ込められた嘘を露わにしていく。
作品の舞台である19世紀のイギリスでは「領域分離」と呼ばれる考え方が蔓延り、女性は男性が活躍する場への進出を妨げられ、女性らしさという型にはめ込められたまま家庭での役割を押し付けられた。
そんな時代へのアンチテーゼとして、14歳の少女は好奇心の赴くままに、男性社会や家のしがらみに歯向かうように立ち向かっていく。
あらぬ誹謗や知りたくない事実に傷つきながらも
決して平坦ではない道を突き進むその姿を、最後まで応援せずにはいられなかった。
では次回。