194.雲を紡ぐ/伊吹有喜
「心にもない言葉など、いくらでも言える。見た目を偽ることも、偽りを耳に流し込むことも。でも触感は偽れない。心とつながっている脈の速さや肌の熱は隠せないんだ。」(p.255)
学校での友人関係がきっかけで不登校になってしまった高校生の主人公は、盛岡にある祖父が営む工房で羊毛から布を創り出す不思議な仕事に触れ、自らが紡ぎたい色を見つけようとする、伊吹有喜の長編小説。
高校生の美緒は同級生からのからかいや両親との不和から離れようと、家を出て列車に一人飛び乗り、祖父が工房を構えている岩手県盛岡市へと向かう。
そんな盛岡で祖父が営んでいるのは、羊毛を自らの手で染め、糸を紡いで織っていくことで出来上がる唯一無二の「ホームスパン」を創る仕事だった。
祖父の工房へと転がり込んだ美緒は、祖父から自分の色を探し出して、自分だけの布を作ってみるように促され、工房の人々に手助けしてもらいながら、少しづつホームスパン作りを学んでいく。
こだわりを持って、丁寧に作り上げられる職人の仕事。自らの手で色を決めて、糸を紡ぎ、時を越えても受け継がれていく布を織っていく、まるで雲を紡ぐような仕事。
そんな仕事を通して、主人公の美緒や彼女の両親は自らの人生を反芻しながら、奥底に隠れた素直な本心に少しづつ気づき始める。
何よりも、決して急かすことはせず、言葉が紡がれるその時を待ちながら、彼らを導いていく祖父の言葉は、雨粒が岩に染み入るようにじんわりと心を伝っていくみたいで、一つ一つの言葉を大切に書き留めたい気持ちにさせられた。
また、この物語では、四季折々の景色が広がる岩手の大自然も含めて、実際に存在する盛岡の名所や飲食店が数多く登場していて、思わずその地へと降り立ってみたくなるほど魅力的に描かれている。
改めて、自分にとっても一度は行ってみたい場所の一つになった。
登場人物たちが心酔するイーハトーブの街はどんなところなのだろう。
では次回。