230.西洋菓子店プティ・フール/千早茜
あの時に抱いた感情の名前を私はずっと探している。(p.36)
下町で営まれる昔ながらの西洋菓子店「プティ・フール」を中心に、様々な事情を抱える人々の密やかな変化が描かれる、千早茜の連作短編集。
菓子職人の祖父が営む小さな西洋菓子店で、パティシエとして働く女性は過去の記憶をほどきながら、自身の現状に憂慮する。
また、そんな彼女が働く「プティ・フール」には、昔の仕事仲間、恋人、そして店の常連客たちが、思いおもいの理由をたずさえて、お目当てのスイーツを買いに訪れる。
このまま結婚してもいいのか。恋焦がれる相手を諦めていいのか。
抱えている疑問をパートナーに問うべきか。
誰もがささやかな秘密をその身に宿しながら、来たる日々を過ごしている。ときに、悩みも忘れさせるケーキやシュークリームを味わいながら。
素朴な見た目に華やかさを隠したり、濃厚な甘みの中に苦味を潜めてみたり、綺麗に飾られた外見の裏にとびきりの刺激を閉じこめていたり。
そんな、見かけによらない異なる面を隠し持っているスイーツは、一言で言い表せられない人間模様とも少し似ているのかもしれない。
それにしても、千早茜さんの文章から漂う、うっすらと靄がかかったような澱みある空気感には、いつまでも浸っていたくなる不思議な隠し味が込められている気がする。
では次回。