279.カフネ/阿部暁子
善意って油みたいなもので、使い方と量を間違えると、相手を逆に滅入らせてしまうから(p.94)
最愛の弟を亡くして悲嘆に暮れていた主人公が、弟の元恋人である女性が勤める家事代行サービスを手伝うのをきっかけに、誰かの作った料理を食べることの豊かさと愛おしさを実感していく、阿部暁子の2025年本屋大賞受賞作。
法務局に務める野宮薫子は、急死した最愛の弟の遺言にしたがって、彼の元恋人である小野寺せつなとカフェで待ち合わせる。しかし、せつなは遺言状に記された財産相続を頑に拒否するのだった。
せつなの無愛想な態度に憤りを隠せずにいた薫子は、彼女に弟が突然死した原因を問い詰める最中、心労がたたってその場で倒れ込んでしまう。
そんな薫子を見かねてせつなによって振る舞われたのは、彼女の体調を慮って作られた温かい手料理。やがて薫子はせつなに誘われて、彼女が勤める家事代行サービス「カフネ」を手伝うようになる。
食べることがもたらす豊かさと愛おしさは、誰かの手の届かない生活だけではなく、2人のシスターフッドを優しくふっくらと炊き上げていく。少しずつ解きほぐされていく2人の関係性を見ているだけで、作ることの思いやりをお裾分けされた気持ち。
そして何よりも、傷つき疲れた心と身体を労わるように、丹精込めて差し出される料理の温もりが、阿部暁子さんの滋味深い筆致も相まって、手足の先にまでじんわりと伝わるようだった。
永遠でなくてもいいし、完璧でなくてもいい。安らかなひとときを整える食の豊かさは、作ることの楽しさとなって受け渡されていく。
おにぎりを握れるようになったら人生の戦闘力は上がる。
ずっと覚えておきたいし、子どもたちにも受け継いでいきたい言葉。
では次回。
