209.レモンと殺人鬼/くわがきあゆ
十歳の私にとってはまだ父が世界の中心だった。
そして、その世界は絶対に温かかったのだ。(p.96)
憂鬱な日々を送っていた主人公は、同じように質素な生活をしていた妹が殺されたことで浮上したとある疑惑を晴らすため、過去から続く謎に迫っていく、くわがきあゆの長編ミステリ。
十年前に父親を殺され、不遇な生活を強いられることになった姉妹は、やがて別々の場所で痛みを抱えながら成長して、何とか平穏な毎日を過ごしていた。
しかし、妹が殺人事件の被害者として殺されたことで状況は一変する。
さらには、妹に降りかかった保険金殺人の黒い噂によって、その追求は姉である主人公のもとにまで押し寄せてしまう。
彼女は妹の潔白を晴らすために行動を開始するが、関係する人物たちの過去を探るうちに、様々な憶測を呼ぶ事実が浮上する。そして、事態は思いも寄らない方向へと転がっていく。
自虐的な思考が張り付いている主人公の目から見る世界は、彼女が発する言葉や心の奥底で煮えたぎる想いを代弁するように、何もかもが敵意を持って追い詰めてくるような圧迫感を覚える。
また、一見すると、善良な登場人物たちがみせる裏の顔が垣間見えるごとに、だれも彼もが疑わしく見えてしまい、気づけば物語の世界にどっぷりと浸かっていた。
あらぬ噂に踊らされる無責任な人々のように、物語の行く末を他人事のように眺めている読者がいたのならば、ラストで明かされる驚愕の事実の連続に、一瞬で事件の輪の中に放りこまれることになるだろう。
では次回。