210.サーチライトと誘蛾灯/櫻田智也
枝になりたいという強い願いなくして、あのような姿に到達できるとはとても考えられません。ぼくはそのうち、ナナフシは本物の樹になってしまうだろうと思っています。(p.125)
昆虫オタクの青年が各地で出会った不可解な事件は、彼が発するとぼけた発言によって解決に向かっていく、櫻田智也の短編ミステリ。
夜の公園で起きた変死事件、観光地化に失敗した高原に隠された企み、バーの常連客を襲った悲劇の謎。
不可解な状況の数々に、なぜか居合わせることになる主人公の青年は、昆虫に関する知識を披露して周囲を戸惑わせながらも、飄々と事件を解決に導いていく。
とぼけた会話の応酬の中に張り巡らされた伏線が繋がったとき、思いもよらない真実が目の前に浮かびあがる驚きは、短編とは思えないほどの充足感をもたらしてくれた。
また、収録されている5つの物語は、どれも物語の先を読者に委ねるような結びになっていて、読みおわった後は深い余韻に浸ることができる。
そのなかでも、印象的だったのが『火事と標本』という作品。隠された真実の優しさと残酷さが、時を経て明らかになる。熱燗を酌み交わしながら語られる情景にもグッときた。
では次回。