カタコトニツイテ

頭のカタスミにあるコトバについて。ゆる~い本の感想と紹介をしています。

「ナラタージュ/島本理生」の感想と紹介

161.ナラタージュ/島本理生

 

なにもいらないと思っていた。そんなふうに一緒にいるだけで手に余るほどだったのにいつの間にか欲望が現実の距離を追い越して、期待したり要求したりするようになっていた。(p.258)

 

主人公は恩人である高校の演劇部の顧問だった男性との、儚くも壊れゆく悲痛な関係を思い出す、島本理生の長編恋愛小説。

 

タイトルにもなっているナラタージュとは
ある人物の語りや回想によって過去を再現する技法のこと。
映画版でも、この手法が使われていた。

 

大学生の頃、主人公の女性は高校の演劇部の顧問であり、恩人でもある葉山先生から後輩達の卒業公演の手伝いをして欲しいと頼まれる。

 

彼女は先生と再会を果たすことになり
過去の思い出を交えながら、共に過ごした日々の記憶が蘇える。


そして、先生への想いは消えることなく
ずっと心の底で募っていたことに気づく。

 

登場人物たちは皆、決して取り繕うことのできない傷跡を抱えながら、その傷跡が広がる方にしか進むことが出来ないでいた。

 

また、自分本位な登場人物たちの行動は、露わになってしまった衝動から逃れらないでいるかのように、その人の弱さや脆さとなって誰かの心を絡め取っていく。

 

それでも、いっそのこと出会わなければ良かったと、そう思えない。

 

それほどの出会いが不自由な恋へと変わるとしたなら
自分は正気でいられるだろうか。

 

過去の思い出を思い出だと言い切れてもなお、忘れられない感情があるのだとしたら、心の内の全てを清算することなど、きっと出来るはずもない。

 

だって、触れてはいけないと理解しながら、手放すことも出来ず、胸の中に大切に閉まっておく必要がある思い出ほど、苦しいものは無いから。

 

では次回。

「木漏れ日に泳ぐ魚/恩田陸」の感想と紹介

160.木漏れ日に泳ぐ魚/恩田陸

 

彼の目が宙を泳ぐ時、私はいつも木漏れ日が揺れるのを見る。(p.105)

 

これから別々の道を歩むことになる二人の男女が、アパートの一室で共に過ごした過去の記憶を擦り合わせながら一つの事件について語り合う、恩田陸の長編小説。

 

改めて、印象に残る綺麗なタイトルだと思う。
非現実的なのに、情景が頭の中に浮かんでくる。

ある日の夜、二人の男女はそれまで暮らしていた、明日からはもぬけの殻となる部屋で最後の夜を過ごす。

 

張り詰めた空気が漂う中、それぞれが互いの腹の中を探りながら、過去に起こった出来事や二人で過ごした日々の思い出を回想する。

 

冒頭はまるでピントのずれたレンズのように、話の行く末に全く焦点が合わないまま、読者はぼやけた輪郭に対して必死で目を凝らしながら物語を読み進めていく。

 

なぜ、彼らは別々の道を歩むことになったのか
なぜ、互いのことを疑っているのか
そして、事件の真相とは何なのか。

 

二人の会話劇と心理戦が繰り広げられる中で、徐々に物語の全貌が明らかになっていくにつれて、彼らの関係性思いもよらぬ事実が浮かび上がってくる。

 

また、それぞれがお互いを鏡のように映し出しながら、自らの心の奥底で内省する一連のストーリーを通して、二人の男女の心の変化が丁寧に描かれているのが印象的だった。

 

男女の価値観の違いが顕著に現れている作品だと感じたので、読む人によって全く異なる感想が出てきそうだなぁとも。

 

では次回。

「ユートピア/湊かなえ」の感想と紹介

159.ユートピア/湊かなえ

 

光り輝く柔らかい絹のはごろものようなものを指先で確かにつかんだはずなのに、たぐりよせた手を開けば空っぽ。(p.289)

 

海の側にひっそりと佇む港町を舞台に、三人の女性の視点から息詰まる街の空気感や人間関係の歪みが描かれる、湊かなえの長編ミステリー。

 

実はイヤミスと呼ばれるジャンルが少し苦手で避けていたこともあり、湊かなえさんの作品を読むのは初めてだった。

太平洋を望める美しい景観を持ちながら
どこか寂れた雰囲気が漂う街、鼻崎町

 

そんな街である日、町おこしの企画としてイベントの準備をすることになった一同の中でも、とあるきっかけから3人の女性は仲を深めることになる。

 

事故により車椅子生活を余儀なくされた娘を持ち、嫁ぎ先の仏具店で粛々と働く菜々子、転勤により鼻崎町にやってきたものの、東京生活への未練が日に日に募る光稀、そして、岬近くの高台に並ぶ「芸術村」で陶芸に勤しみながら、街の素晴らしさを世に発信したいと夢見るすみれ

 

彼女たちの思惑はイベント中に発生した火災事故が契機となり、とあるブランドの設立へと繋がっていくが、やがて彼女たちを取り巻く環境はじわじわと歪み始めていく。

 

まるで漣が立つように広がっていく軋みが、誤魔化しの効かない綻びへと連鎖していく様は、物語が取り返しのつかない方向に向かっていく予感を漂わせていた。

 

また、それぞれの主観では、些細な言動に対する抵抗や嫌悪感が事細かに示されているので、余計に彼女たちの揺るぎない意思が浮き彫りになっていて、人間関係が壊れていく瞬間を目の当たりにさせられた。「ぎすぎす」という言葉がよく似合う。

 

何よりも、街に残る閉塞感人間関係の不和に何とも言えないリアリティが付随していて、現実との差異や違和感をほとんど感じなかった。この世のどこかに存在しているだろうと思わせられる世界観。

 

個人的に、最後にるり子が放った言葉は
様々な感情を綯交ぜにしたような人間味に溢れていて良かった。

 

結論として、他の作品も読んでみたい。
読まずに避けるのは良くない、と身をもって実感。

 

では次回。

「ハケンアニメ!/辻村深月」の感想と紹介

158. ハケンアニメ!/辻村深月

 

「アニメが好きなんだよね」と、彼は言った。
「どうしようもなく好きなんだから、だからもう、どうしようもないよね」(p.540)

 

鮮烈な覇権争いが繰り広げられるアニメーション業界の中で、無我夢中で奮闘する様々な人々の姿が描かれる、辻村深月の長編群像劇。

 

最初に小説を読んだのは随分と前のことなのだけど
最近、実写映画を見たので改めて書いてみる。

 

1クールに50本ものアニメが放映される中で、その頂点を目指すべくアニメーション業界で働く彼らは、作品に全身全霊を賭けてハケンアニメ」を争う。

 

作品を一から作り出す監督、その監督によって作り出された世界や人物を絵に映し出す作画、そしてその作画されたキャラに命を吹き込む声優、そんな彼らを束ねながら作品を宣伝するありとあらゆる業務をこなすプロデューサー

 

他にも脚本家編集撮影色彩美術、さらにはグッズフィギュア聖地巡礼を企画する担当者など、多くの人々が様々な形で関わりながら、一つの作品を創り上げていく。

 

自分たちは完成された作品しか見ることはない。


それでも、出来上がった30分の映像を、13話のアニメシリーズを、2時間の映画をその目で見て、一喜一憂しながら物語を十二分に楽しむことができる。

 

ただ、その作品の裏側には、顔の出ない多くの仕事人たちがいる。
そして、その誰もが作品に並々ならぬ情熱と誰にも負けない愛を注いでいる。

 

作品を後方から支える彼らの姿は、決して脚光を浴びることのない裏方だとしても、好きな作品を作ることに時間も労力も厭うことなく、確固たる想いをぶつける真っ直ぐな感情で溢れていた。

 

創作に携わる全ての人々を肯定してくれるような作品なので、アニメにあまり興味を抱いて来なかった人にも、ぜひ、読んで欲しい。

 

では次回。

「くちびるに歌を/中田永一」の感想と紹介

157.くちびるに歌を/中田永一

 

「【くちびるに歌を持て、ほがらかな調子で】ってね。それをわすれないで」(p.27)

 

五島列島にある小さな中学校に通う少年少女は、共に歌う合唱を通して秘めた悩みや想いを共有していく、中田永一の青春小説。

 

長崎県に浮かぶ島国、五島列島
ある日、島に東京から音大を卒業した美人のピアニストがやってくる。

 

そんな彼女が代理の顧問となった中学校の合唱部では、様々な想いを抱えた少年少女たちが集い、Nコンと呼ばれる全国合唱コンクールを目指すことになる。

 

しかし、多感な時期を過ごす彼らにとって、男女混声の合唱はすれ違いを繰り返し、等身大な想いが幾度となくぶつかってしまう。

 

ただ、そんな状況の中でも、赤裸々に綴られる登場人物たちの「未来の自分への手紙」は、どこにも吐き出すことのできない悩みの拠り所であると同時に、勇気を出して想いを放った初々しい言葉でもあって、物語の風向きを緩やかに変えていく。

 

また、そんな瑞々しい青春物語の裏には、著者の別名義でもある乙一作品を彷彿とさせるような細やかな伏線が張り巡らされており、終盤にかけてじわじわと湧き上がるような驚きをもたらしてくれた。

 

ちなみに、この物語では音楽コンクールの課題曲として、実際にNコンの課題曲となったアンジェラ・アキさん「手紙〜拝啓十五の君へ〜」が登場している。

 

改めて歌詞を見ながら聴くと、なかなか心にくるものがあるので、読み終わった後に合唱バージョンで聴いてみて欲しい。

 

では次回。

「やがて海へと届く/彩瀬まる」の感想と紹介

156.やがて海へと届く/彩瀬まる

 

周りの人たちの命と私の命は、全然つながっていないんだなって、改めて思うとびっくりします(p.131)

 

震災によって唐突に居なくなってしまった友人の喪失感を埋められないまま日々を過ごす主人公は、彼女の元恋人から「形見分け」の申し出を受ける、彩瀬まるの長編小説。

 

最近、気になっていた作家さん。
古本屋で一番タイトルと表紙が印象的だったこの作品を選んだ。

 

この物語は、一人旅をしている途中で震災に遭い、行方不明となった親友の不在受け入れることができないまま日々を過ごす主人公の女性と、どこか現実味の無い街を彷徨いながら、自らが戻るべき場所に帰ろうとする「私」の二人の語り手によって綴られる。

 

彼女たちは大切な人を失った悲しみに打ちのめされる。
そして、その悲しみの受け入れ方の違いに戸惑いながらも、自らの人生を歩んでいく。

 

読んでいると、ぽつぽつと言葉が零れていくような、感情が一枚ずつ剥がされていくような、何か大事なものが失われていく感覚が襲ってきた。

 

彼女たちの運命を変えた、東北地方を襲った震災。
著者の彩瀬まるさんは、仙台から福島に戻る電車の中で被災された。

 

偶数章で、曖昧な記憶を辿りながら、出会う大切な人の名前も思い出せぬまま、それでも帰る場所があると信じている「私」の語りは、彩瀬さんにしか描くことのできない景色なのだろうと思う。

 

忘れ去ることと、思い出さないことは違う。
思い続けることと、忘れないでいることも違う。

 

喪失感はどれだけ濾しても薄まることのない泥水のようで、空白はずっと埋まることなく、ふとした瞬間に心を蝕んでいく。だからこそ、登場人物たちのように、悲しみを飲み込む方法をどこかで探し出さなければならない。

 

これからきっと、大切な人との別れは増えていく。
そんな悲しみに耐えなければならないと思うとやるせないし、心が空っぽになってしまう瞬間は必ずやってくるんだろう。

 

読み終わった後はすごく苦しいけれど
きっといつか思い出して救われる日が来る、そんな気がする。

 

では次回。

「死刑にいたる病/櫛木理宇」の感想と紹介

155.死刑にいたる病/櫛木理宇

 

間違いない。

いま目の前にいる男は、正真正銘の人殺しなのだ。(p.35)

 

鬱屈とした日々を送る大学生の主人公は、牢獄に囚われた連続殺人鬼から事件の再調査を頼まれたことから、さらなる闇に引き込まれていく、櫛木理宇の長編ミステリ。

 

個人的にホーンテッド・キャンパスの印象が強かったので、
こんなにも冷酷で鬱々としたストーリーも描けることにびっくりした。

 

第一希望の大学に入学することが叶わず、交友関係もままならないまま孤独な大学生活を送っていた主人公の元に、ある一通の手紙が届く。

 

その差出人とは、子どもの頃、常連として通っていたパン屋の主人であり
24人の少年少女を殺害して死刑判決を受けた連続殺人鬼『榛原大和』だった。

 

精悍な顔立ちと柔らかな人柄によって、周囲から絶大な信頼を得ていたにも関わらず、裏ではハイティーンの少年少女を残酷な手法で嬲り殺していた彼からの依頼とは、自ら起こした連続殺人にカモフラージュされた、たった一件の冤罪証明。

 

主人公は彼の行動を不審に思いながらも依頼を承諾し、事件の真相を探っていくが、次第に『榛原大和』の内に潜む陰りに魅せられていく。

 

一人のシリアルキラーの生い立ちから、犯罪に手を染めていくまでの過程を辿っていくにつれて、彼の壮絶な人生に主人公もろとも、張り付いていた心象が揺り動かされる。

 

何よりも、主人公の良き理解者として対話する大人としての顔と、連続殺人鬼として暗躍する裏の顔が、ずっと同一人物として重ならないまま物語が進んでいくことが恐ろしかった。

 

映画化された予告映像を見たら、阿部サダヲがそのまますぎて。
目の前に現れたら、立ち竦んでしまうかもしれない。

 

では次回。