カタコトニツイテ

頭のカタスミにあるコトバについて。ゆる~い本の感想と紹介をしています。

「解錠師/スティーヴ・ハミルトン」の感想と紹介

80.解錠師/スティーヴ・ハミルトン

 

金庫にふれるときは、それを女だと思え。ぜったいにそれを忘れるな。(p.425)

 

解錠師 (ハヤカワ・ミステリ文庫)

解錠師 (ハヤカワ・ミステリ文庫)

 

 

言葉を発することが出来なくなった少年が、金庫破りを生業とする解錠師として生きていくことになるまでの半生を描いた、ティーヴ・ハミルトンのクライムサスペンス。

 

「このミス」で見かけた時から読みたいと思っていた小説。

海外ミステリーの犯罪者たちは、なんでこんなにも魅力的なんだろうか。

一言も話さない金庫破りの名手という設定がすでにかっこいい。

 

冒頭から監獄の中で自らの人生を振り返るシーンから始まる本作では、主人公マイクが解錠師となり金庫破りなどの犯罪に手を染めることになる2000年と、その解錠師になるまでの学生時代に起きた出来事を中心に描いた1999年の二つの時間軸で展開されていく。

 

実際に金庫を解錠する場面では、いつ捕まるかも分からない状況で解錠することだけに全神経を集中させる職人のような姿に、読んでる側もハラハラしてしまうぐらいの緊迫感が溢れている。

 

そんな犯罪にまみれた彼の人生の中でも、唯一と言える希望の光であるのがアメリと呼ばれる少女との出会い。

 

マイクアメリ、それぞれが描いたを交換日記のように渡し合う関係は読んでいても微笑ましくて素敵だと思った。

 

物語の終盤、二つの時間軸が近づいてくるにつれて、どうなっても救われない結末が待っていると分かっているのに、彼には捕まって欲しくないと思ってしまうのはなぜだろう。

 

犯罪者になりたい人なんていないのに、それでも世の中には犯罪が蔓延っている。

主人公の半生を通して、そんな社会の光と影が強く感じられた。

 

普通に鍵開けやピッキングの仕方が詳細に描かれているけど
もちろん真似しちゃだめだよ。

 

では次回。

「木曜日にはココアを/青山美智子」の感想と紹介

79.木曜日にはココアを/青山美智子

 

 夢はかなったところから現実だから(p.14)

 

木曜日にはココアを (宝島社文庫)

木曜日にはココアを (宝島社文庫)

 

 

川沿いにあるマーベルカフェで起こる話から始まって、何気ない出来事が知らず知らずのうちに1人の命を救う、青山美智子の短編小説。

 
この物語は12章から綴られる短編集であり、それぞれの章で異なった人物が主人公となり、をテーマにして物語を紡いでいく。
 
彼らは全員が決して親しい仲ではないし、知り合いでもない。
 
それでも、彼らが起こした何気ない行動が波紋となってそれぞれの人物に伝わり、自分の想いに気づいていく。
 
この物語に出てくる人物はまるで12色の色鉛筆のようで、決して12人全員が繋がりあっている訳では無いけども、それぞれ近しい色や組み合わせがあって、気づいたら輪のように繋がっている。
 
そして、最後の章が最初の章に結びついた時登場人物たちの幸せに心がほっと温かくなる。
 
好きだったのは「カウントダウン」での緑色の話。全ての緑色が好きな訳じゃなくて、少しの色合いで好きの強弱が出てくる。何か分からんけどめちゃめちゃ共感した。
 
一つ一つの物語が短くさくっと読めるので、寒い日のココアのお供にでもどうぞ。
 
では次回。

「法廷遊戯/五十嵐律人」の感想と紹介

78.法廷遊戯/五十嵐律人

 

人間が人間を裁くには、確信に近い心象を形成しなくちゃいけない。立証は、そこに至るために必要な事実と論理の積み重ねなんだ。(p.69)

 

法廷遊戯

法廷遊戯

 

 

とあるロースクールで行われていた疑似法廷ゲームである無辜ゲームを引き金に、法の世界を目指していたはずの三人の道が違える事件が開幕する。

 

現役の司法修習生でありながら第62回メフィスト賞を受賞した、五十嵐律人リーガルミステリ―

 

同じロースクールに通う正義美鈴の三人は一年後全く異なる立場に置かれる。

一人は弁護士となり、一人は被告人となり、一人は命を失って

 

もともと彼らが通うロースクールでは学生たちの間で、被害を受けた人物が犯人と目する人物を指定して裁判にかけることで、それぞれが告訴者、被告人、証人、そして審判者に分かれる疑似法廷ゲームを行っていた。

 

そして、このゲームを行っていた模擬法廷の中で一年後、一人の命が失われる事件が起きてしまう。不可解な謎だけを残して。

 

この作品では、序盤の無辜ゲームから始まり、後半の裁判の場面まで一貫して、本格的な法律の知識が飛び交う展開にも関わらず、読んでいる人たちを釘付けにするような法廷議論が交わされる。

 

有罪か無罪か。
その二択では図り切れない複雑な法の世界に隠された真実を暴くかのように、それまで無関係に思われた事件が繋がっていく。

 

同害報復の原則は復讐ではなく寛容であると言った。

最後まで読んだ後、この言葉が頭から離れなかった。

 

では次回。

「ツバキ文具店/小川糸」の感想と紹介

77.ツバキ文具店/小川糸

 

文字は、体で書くんだよ(p.155)

 

ツバキ文具店 (幻冬舎文庫)

ツバキ文具店 (幻冬舎文庫)

  • 作者:小川 糸
  • 発売日: 2018/08/03
  • メディア: ペーパーバック
 

 

鎌倉で先代から続く文具店を営みながら手紙の代筆を請け負う鳩子は、様々な理由で訪れる人たちとの交流を通して自分の想いに気づいていく、小川糸の長編小説。

 

他人の手紙を本人の代わりに書く代筆と言うお仕事。
彼女のもとには友人への離婚の知らせだったり、天国からのお便りだったり、少し風変わりな依頼が届く。

 

決して代筆だからと言って心がこもっていないわけではなく、手紙を出す人の想いを掬い取って、紙にしたためる作業は誰にでもできる事ではない。

 

それぞれの手紙に込める人の想いに合わせて使う紙やペン、筆跡を変えていく。
実際に小説の中にも手紙形式で登場するので、鳩子がどんな風に手紙を書いたのかを見ることができるのもありがたい。

 

さらに代筆を依頼されるにつれて、彼女の生活の様子やパーソナリティが深く掘り下げられていくので、どんどん親近感が湧いた。鎌倉にも七福神めぐりしに行きたくなる。

 

ところで、バーバラ婦人マダムカルピスなど、彼女の周りには不思議なあだ名で呼ばれる友人が多い。なので、読みながらどんな姿をしているのかと頭の中で想像を膨らませながら読むのが面白かったりする。

 

文庫本の方は左下の絵柄がパラパラ漫画になっているので、最後にパラパラしてみてね。

 

では次回。

「死体を買う男/歌野晶午」の感想と紹介

76.死体を買う男/歌野晶午

 

死体を買う男 (講談社文庫)

死体を買う男 (講談社文庫)

  • 作者:歌野 晶午
  • 発売日: 2001/11/15
  • メディア: 文庫
 

 

江戸川乱歩の未発表作と噂される原稿を巡り主人公が奔走する中、その作品内では並行して乱歩が事件を解決するべく立ち回る、歌野晶午本格ミステリー。

 

めちゃくちゃ久しぶりに読む歌野さん。
高校生ぶりかもしれない。

 

この作品では作中作と言われる手法が使われていて、小説内にもう1つの作品が挟まる入れ子構造になっている。

 

小説内の作品はまるで江戸川乱歩を彷彿とさせるように書かれており、南紀白浜で女装をした学生が首吊り自殺を遂げる事件を乱歩が捜査する様子が描かれている。

 

時代がかった作品内の事件も魅力的なのだけど、それと並行して進む現実世界では、この作品を巡って泥沼の闘争が繰り広げられる。

 

最終的に現実とどうリンクするのかと予想を張り巡らせながら読んでいたら、あれよあれよと思いもよらない展開に。

 

タイトルを気にして、そっちにばかり焦点を置いていた。
まんまと作者の掌で転がされてたな。

 

では次回。

「i/西加奈子」の感想と紹介

75.i/西加奈子

 

でもいつ、悲しみ終えたのだろうか。皆が悲しみ終えていい瞬間は、いつ訪れたのだろう? (p.71)

 

i (ポプラ文庫)

i (ポプラ文庫)

 

 

入学式の翌日に学校教師が言った「この世界にアイは存在しません」という言葉に衝撃を受けた主人公は本当のアイとは何かを探し求める、西加奈子の長編小説。

 

主人公であるワイルド曽田アイはシリアで生まれ、アメリカ人の父と日本人の母に養子として引き取られて、何不自由のない裕福な家庭で過ごす。

 

しかし、彼女は恵まれた環境と、自分のルーツであるシリアを始めとする貧困に窮する国で暮らす子供たちに置かれた現状との違いに戸惑い悩まされることになる。

 

今まさに生きるか死ぬかの渦中にいる人々を、彼女は想像で案じることしか出来ない。そして、安全な環境にいる彼女がその人々のためを思い、苦しむことはいけないことなのか。

 

世界で起きる災害や事件、悲劇に対して、当事者ではない自分たちが哀れみ心を痛めることは、どうしたって傲慢で自分事でしかないのかもしれない。

 

それでも彼女は自らが置かれた環境に対して、常に自問自答して向き合い、苦しむ人々を忘れないように刻み付け、自己と闘うように考え抜いて成長していく。

 

きっと世界の出来事と自分の日常の境界線をどこかで決めないと、自分の心が壊れてしまうから、悲惨な惨状に耳を塞いでしまうのかもしれない。


それでも、線は引いたとしても、決して切り離したくないと深く思った作品だった。

 

では次回。

「ネバーランド/恩田陸」の感想と紹介

74.ネバーランド/恩田陸

 

ガリ勉だとは思われたくないし、つまらない奴だとも思われたくない。学園生活はバランス感覚が全てだ。(p.28)

 

ネバーランド (集英社文庫)

ネバーランド (集英社文庫)

  • 作者:恩田 陸
  • 発売日: 2003/05/20
  • メディア: 文庫
 

 

冬休みに多くの寮生たちが帰省する中、伝統ある男子校で居残りを決めた4人の少年がそれぞれ悩みや事情を抱えながら七日間を過ごす、恩田陸の青春劇。

 

築30年を超えた古めかしい寮である「松籟館」で、実家に帰らずに寮に残ることを決めた美国は、同じように寮に残った寛司光治、そして寮に遊びに来ると夜を過ごす。

 

そんな4人が集まった夜のご飯会で、突然始まった告白ゲームをきっかけにそれぞれが抱える過去や秘密が露わになる。

 

他人の目を気にせず、男4人でゆるゆると暮らす様子は何だか大学生のころを思い出して羨ましくなった。下宿生の家で宅飲みするあの感じ。

 

普段の生活では決して明かさなかっただろう秘密。
それが、この4人だけの空間だからこそ口に出してしまった。


そんな空気感が読んでいても伝わってくるくらい自然で、読んでるこっちにとっても心地よい距離間だった。

 

物語が進んでいく中で深まっていく謎や仲たがいも、この4人が自分のことを見つめ直すためのものなんじゃないかと思うくらい。

 

雪降る中、どこかから見つけたホットプレートでBBQなんて最高に決まってるよね。

 

では次回。