カタコトニツイテ

頭のカタスミにあるコトバについて。ゆる~い本の感想と紹介をしています。

「告白/湊かなえ」の感想と紹介

213.告白/湊かなえ

 

愛美は事故で死んだのではなく、このクラスの生徒に殺されたからです。(p.29)

 

幼い娘を校内で亡くした女性教師は、娘は事故ではなく生徒に殺されたのだと告白する、湊かなえデビュー作となる長編ミステリ

 

第6回本屋大賞を受賞したこの物語を、15年の時を経てたった今、読んだ。
今でも衝撃的なストーリーだと感じるのに、当時はどれほどセンセーショナルなデビュー作だったのだろう。

 

中学校の終業式の日に行われたホームルーム。4歳の娘を事故で亡くした女性教師が放った衝撃の告白によって、騒がしかった教室は一転して静まりかえり、異様な雰囲気をまとったまま、物語の幕は開ける。

 

彼女の告白によって火蓋が切られると、それぞれの章では、級友、犯人、犯人の家族と語り手を変えながら、次第に事件の全容を浮き彫りにしていく。

 

語り手となった者たちが吐露する感情には戸惑いや後悔、憎しみ、妬みが入り交じり、彼らが発する他愛のない一言には、心の底から抱く切実な願いが込められていた。

 

そして、個人的に何よりも恐ろしいと感じたのは、物語の主要人物の過激な行動でもなく、あまりにも冷酷な復讐劇でもなく、事件に関わりのない周辺の人物が放った無造作でさりげない一言だった。

 

他意のない一言は、一滴の黒いシミとなって、どれだけ洗い流そうとしても消えずに染みついたまま、物語を読みおえた今でも、脳内にこびりついている。

 

湊かなえさんの物語にある、有象無象に思えた登場人物が突然、豹変して悪意をまとって立ち塞がってくる感覚、その原点を見た気がした。

 

では次回

「世界でいちばん透きとおった物語/杉井光」の感想と紹介

212.世界でいちばん透きとおった物語/杉井光

 

「燈真さんは、言葉で心臓を刺せる人ですね」(p.105)

 

大御所ミステリ作家が遺した未発表の小説のありかを、彼の息子である主人公が唯一の手がかりであるタイトル名をもとに見つけ出そうとする、杉井光の長編小説。

 

まず、この構想をカタチにしたことに対して拍手を送りたい。
そもそも思いつかないし、思いついたとしても実現できる気がしない。

 

有名なベストセラー作家として、数多くのミステリ小説を世に送りだした宮内彰吾が死去した。

 

そんな彼が過去におかした不倫の末に生まれた息子である主人公のもとに、本妻の長男である人物から、宮内彰吾が遺したと思われる未発表小説の原稿探しの依頼が届く。


手がかりとなるのは『世界でいちばん透きとおった物語』というタイトルのみ。

 

主人公は宮内彰吾がかつて関係をもった女性たちの話を聞きながら捜索を続けるが、その果てに辿りついたのは、あまりにも突拍子のない真実だった。

 

衝撃のラストに意識が持っていかれそうになるが、真実が明らかになるまでの主人公の葛藤や、自らの境遇に向き合って搾りだした言葉が繊細な文章で綴られている。

 

タイトルの名に違わない、世界でいちばん透きとおった物語。読みおわったあとは、もう一度、初めからページをめくって、その美しさを体感してほしい。

 

では次回。

「独白するユニバーサル横メルカトル/平山夢明」の感想と紹介

211.独白するユニバーサル横メルカトル/平山夢明

 

私は小は道路地形から大は島の位置までを網羅した単なる地図なのでございます。(p.226

 

タクシー運転手を主人とする一冊の道路地図帳が語り手を務める表題作を始め、残酷でおぞましい物語が綴られる平山夢明短編ホラー

 

まず、タイトルのセンスがずばぬけている。
独白するユニバーサル横メルカトルなんて言葉は一生かけても思いつかない。

 

自らが目の当たりにしてきた鬼畜な所業を、淡々とした口調で語る地図帳が主人公という荒唐無稽な話の他にも、SFサイコスリラー童話のような世界観の物語まで、多種多様な平山夢明作品が集められている。

 

そして、どの物語にも共通するのは凄惨で残虐な描写の数々と、独特な文体で綴られる登場人物たちの感情の起伏

 

あまりにも救いのない状況におかれた彼らは、投げやりな気持ちとは裏腹に、どこかで世界が変わる瞬間を待ちわびている。

 

永遠に続くと思われるほど悲愴感が漂う状況のなかで、ほのかな期待を持って進んでいく物語の結末に待ち受ける絶望的な最期は、読者もろとも奈落の底に突き落とすくらいの衝撃をもっていた。

 

最後の話は読んでいて、あまりのグロテスクな描写の連続に文章を直視できなかった。個人的には「無垢な祈り」が心に残っている。誰にとっての救いなのか、そもそも救いは存在しているのか。でも、美しいラストだと思った。

 

では次回。

「サーチライトと誘蛾灯/櫻田智也」の感想と紹介

210.サーチライトと誘蛾灯/櫻田智也

 

枝になりたいという強い願いなくして、あのような姿に到達できるとはとても考えられません。ぼくはそのうち、ナナフシは本物の樹になってしまうだろうと思っています。(p.125)

 

昆虫オタクの青年が各地で出会った不可解な事件は、彼が発するとぼけた発言によって解決に向かっていく、櫻田智也の短編ミステリ。

 

夜の公園で起きた変死事件、観光地化に失敗した高原に隠された企み、バーの常連客を襲った悲劇の謎。

 

不可解な状況の数々に、なぜか居合わせることになる主人公の青年は、昆虫に関する知識を披露して周囲を戸惑わせながらも、飄々と事件を解決に導いていく。

 

とぼけた会話の応酬の中に張り巡らされた伏線が繋がったとき、思いもよらない真実が目の前に浮かびあがる驚きは、短編とは思えないほどの充足感をもたらしてくれた。

 

また、収録されている5つの物語は、どれも物語の先を読者に委ねるような結びになっていて、読みおわった後は深い余韻に浸ることができる。

 

そのなかでも、印象的だったのが『火事と標本』という作品。隠された真実の優しさと残酷さが、時を経て明らかになる。熱燗を酌み交わしながら語られる情景にもグッときた。

 

では次回。

「レモンと殺人鬼/くわがきあゆ」の感想と紹介

209.レモンと殺人鬼/くわがきあゆ

 

十歳の私にとってはまだ父が世界の中心だった。
そして、その世界は絶対に温かかったのだ。(p.96)

 

憂鬱な日々を送っていた主人公は、同じように質素な生活をしていた妹が殺されたことで浮上したとある疑惑を晴らすため、過去から続く謎に迫っていく、くわがきあゆ長編ミステリ

 

十年前に父親を殺され、不遇な生活を強いられることになった姉妹は、やがて別々の場所で痛みを抱えながら成長して、何とか平穏な毎日を過ごしていた。

 

しかし、妹が殺人事件の被害者として殺されたことで状況は一変する。

 

さらには、妹に降りかかった保険金殺人の黒い噂によって、その追求は姉である主人公のもとにまで押し寄せてしまう。

 

彼女は妹の潔白を晴らすために行動を開始するが、関係する人物たちの過去を探るうちに、様々な憶測を呼ぶ事実が浮上する。そして、事態は思いも寄らない方向へと転がっていく。

 

自虐的な思考が張り付いている主人公の目から見る世界は、彼女が発する言葉や心の奥底で煮えたぎる想いを代弁するように、何もかもが敵意を持って追い詰めてくるような圧迫感を覚える。

 

また、一見すると、善良な登場人物たちがみせる裏の顔が垣間見えるごとに、だれも彼もが疑わしく見えてしまい、気づけば物語の世界にどっぷりと浸かっていた。

 

あらぬ噂に踊らされる無責任な人々のように、物語の行く末を他人事のように眺めている読者がいたのならば、ラストで明かされる驚愕の事実の連続に、一瞬で事件の輪の中に放りこまれることになるだろう。

 

では次回。

「スキマワラシ/恩田陸」の感想と紹介

208.スキマワラシ/恩田陸

 

後から振り返ってみると、どんな大きなことでも、始まる時はとても静かだしきっかけはささいなところからだ。(p.469)

 

古道具店を営む兄弟が出逢った都市伝説の少女を巡るひと夏の冒険が描かれる、恩田陸ファンタジックミステリー

 

骨董品を扱う店を営む主人公の散多太郎の兄弟は、ある日、ビルの解体現場で目撃されるという少女の都市伝説を耳にする。

 

姿を目にしては、いつの間にかいなくなるという
麦わら帽子を被って虫取り網空色の胴乱を手に持ち
白いワンピースを着た、真夏を体現したような少女。

 

そんな都市伝説が流れる一方、散多が子どもの頃から持っていた不思議な能力によって、過去に死んだ両親にまつわる謎あるホテルで使われていたタイルと関係していることに気づく。

 

主人公の回想によって物語が振り返られる不思議な構成の本作は、それぞれの章にちりばめられた言葉がキーワードとなって、登場人物たちの記憶を辿っていく。

 

街や建物は日常の中でも、刻々と変化している。何の気なしに見ているだけでは気づかない、でも、ふと目を向けると違和感がぼんやりと浮かんでくるような、そんなぎこちない変化が街中にはありふれている。

 

いつの間にか変わっていく街並みに寂しさを覚えることもあるけれど、何度なく見る風景にも新しさを感じることはあって、そんな楽しみを持って街を見ることによって、寂しさの空白は埋めていけるのかもしれない。

 

では次回。

「本と鍵の季節/米澤穂信」の感想と紹介

207.本と鍵の季節/米澤穂信

 

そうしながら、僕は友を待っていた。(p.351)

 

高校で図書委員を務める二人の男子生徒は、周りで起きる本と鍵にまつわる不思議な出来事の謎を解いていく、米澤穂信の青春ミステリ。

 

高校二年の堀川は同じく図書委員の松倉とともに、不人気な図書室で何でもない話をする傍ら、雑務に勤しんでいた。

 

そんなごくごく普通の学生である彼らが居座る図書室には、なぜだか一風変わった悩みを相談する人々が訪れる。

 

祖父が残した開かずの金庫テスト問題が盗まれようとする事件自殺した生徒が読んだ最後の本の行方

 

ほんの些細な会話の切れ端から謎を解いていく、似ているようでどこか異なる二人のやりとりは、時折、ふふっと笑ってしまうこともあって、心地よい温度感だった。

 

また、斜に構えているような態度の中には、素直な感情が垣間見える部分もあって、等身大の彼らの心内での葛藤はとてもリアルに感じられる。

 

はじけるような青春物語ではないし、爽快な結末が待っているわけではないけれど、きっと彼らが過ごす日常は、嘘偽りのない青春だと信じられる気がした。