カタコトニツイテ

頭のカタスミにあるコトバについて。ゆる~い本の感想と紹介をしています。

「革命前夜/須賀しのぶ」の感想と紹介

184.革命前夜/須賀しのぶ

 

「価値観なんて、たった一日で簡単に反転する」(p.121)

 

冷戦下のドイツに音楽留学のために訪れた主人公は、国内を取り巻く因縁の歴史に翻弄されながらも、自らの音と向き合い成長していく、須賀しのぶの長編小説。

 

ベルリンの壁崩壊前の東ドイツ、バッハの生まれた国へ自らのピアノと向き合うために訪れた主人公の青年は、ドレスデン音楽大学で優秀な学生や留学生たちとともに、日々、音楽の探求に勤しんでいた。

 

そんなある日、彼は教会のオルガンでバッハを軽やかに演奏していた女性が奏でる、澄んだ輝きを放つ銀の音の虜になってしまう。

 

しかし、彼女は国家保安省・シュタージの監視対象であり、異国人である主人公を冷たい態度で突き放す。そこで主人公は、自らが現在住んでいる国がどれほど国家に縛られているのかを思い知らされる。

 

東西をベルリンの壁に隔てられたドイツは、色鮮やかな街並みが目を惹く西側と比べ、東側は無機質で整然とした世界が広がっており、そこかしこに潜む国家の目に見張られながらの生活を強いられていた。

 

そんな、色褪せた灰色の街を舞台にした物語を少なからず彩るのは、古くから音楽文化が色濃く残るドレスデンで演奏される名曲の数々。

 

また、この物語を読んでいると、当時、蔓延していたであろう、それぞれの街の空気感や風景の色合いを、まるでその場に立っているかのように肌で感じ取ることができた。

 

そして、鉄のカーテンによって閉ざされていた東西がベルリンの壁の崩壊によって開かれるまでの、国民の反体制運動の高まり亡命を求める群衆のうねり、そして、この時代を生きる者が胸に抱いていたであろう戦いの焔が燃え上がっていく様を読者は目の当たりにする。

 

音楽自体は変わらないのに、素晴らしい曲も演奏する人の評価も、築き上げた地位でさえも、社会の変容や些細な行動によって瞬く間に反転する。だからこそ、その渦中で失われたものを拾い上げるためには、一つ一つの歴史を辿っていくしかないのかもしれない。

 

では次回。