205.噛みあわない会話と、ある過去について/辻村深月
どれもそうなようでいて、だけど、本音ではない気がする。
言葉の先に、続けたい言葉が見つからない。(p.198)
どこか噛みあわない会話に戸惑いつつも、過去に抱いたある思いに突き動かされて、それぞれの登場人物は言葉を探す、辻村深月の短編小説。
等身大な少年少女の想いや特別な家族の在り方を綴った物語が印象的な辻村さんだけれど、実は心がぞくっとするようなホラー作品もあって、そんな心の奥を見透かしたような作品群が自分は好きだったりする。
今作品では、それぞれの章で
現在と過去がリンクしない登場人物の姿がたびたび映し出される。
かつてはパッとしなかった教え子が今や人気アイドルになっていたり、昔はいじめられっ子だった少女がいつの間にか学習塾のカリスマ経営者へと変貌していたり、大学では皆んなに平等に優しかった男友達がどこか違和感を纏う女性と婚約してたり。
昔の姿のまま固まったイメージは、過ぎた歳月の長さを無かった事にする。
彼らと出会った人々は、そんな帳尻を合わせたような思い出で相対する。
ただ、会話が進むにつれて、綺麗に補正された過去を穿つように、ひび割れ、浮き出てきた真実は、どれも想いもよらない形をしていた。当事者と傍観者では、ここまで見ているものが異なるのかと驚くほどに。
傍観者が得意げに語る都合の良い真実は、当事者によっていとも簡単に打ち砕かれ、静かに諭されるように塗り替えられていく。
もし、ちょっとでも歯車が噛み合っていたのならば、ここまで過去が膨張することはなかったのだろう。それでも、出会いが生んだ意識のずれによって、それはとんでもない速度で加速していく事になる。
何よりも、この本を読んで背筋がスッと伸びるような気持ちになったということは、自身にもいくつか心当たりがあったということであり、近い未来に過去から不意打ちを喰らう可能性があるということに他ならない。それを心に留めておく。
では次回。