どうかこの今の怖い思いが、ほかの思い出と同じように楽しいものになりますようにと彼女は願った。(p.31)
祇園祭が行われる宵山を舞台に、不思議な出来事と現実の事件が交錯していく、森見登美彦の連作短編集。
たった一日しかない祭りの日の裏側で、いくつもの不可思議な出来事が重なり、宵山に足を踏み入れた人々の軽やかな足取りを絡めとっていく。
家族とはぐれてしまった心細い夜のこと。特別な宴に浮かれて、羽目を外してしまう酔狂な夜のこと。抑えきれない好奇心の赴くまま、提灯の明かりを目印に、屋台が連なる道を進んだ夜のこと。
林檎飴の匂いに包まれた祭りの日の記憶が、宵山を舞台にしたこの物語には漂っていて、気づいたときには森見ワールドに迷いこんでいた。
森見さんが描く世界は、どこか突拍子がないのに、つぎはぎ繋ぎあわされた言葉にはまるで違和感を感じない。だからこそ、読者は夢見心地のまま、あの魅惑に満ちた京都の街を訪れてしまうのだろう。
ただ、迷い込んだが最後、戻って来れるかは知る由もないけれど。
では次回