それに、おまえへの想いは、わたしの心の中にちゃんとある。何を思い出そうと、何を忘れようと、それだけはいつもちゃんとある。(p.74)
古のグレートブリテン島で仲睦まじく過ごす老夫婦は、忘れてしまった息子に会うため旅に出る、カズオ・イシグロの長編ファンタジー。
知り合いのカナダ人の男性から勧められた作品。
カズオ・イシグロさんの物語を読むのは初めてだった。
遠い昔、アーサー王なき後のブリテン島を舞台に、おぼろげな記憶とともに生きる老夫婦は、かつてともに暮らしていた息子の存在を思い出す。
その後、離れた地で密やかに生きているはずの息子に会うため、ふたりは一世一代の旅に出ることを決意して、かすかな記憶を頼りに大平原を進んでいく。
鬼に襲われた少年。それを助けた若き剣士。竜退治を使命にする老騎士。
静かに時を刻みながら進んでいく物語は、どこか不自然な描写を映しだしながら、彼らの旅路を静謐に描いていく。
やがて、忘却の正体が明らかになると、互いを慮りながら歩いてきた老夫婦は、この国に隠された真実を目の当たりにする。
ブリテン人とサクソン人、ふたつの人種がともに生きる世界で、静寂の水面に波紋が広がるように、少しずつ記憶が押し戻されていくとき、人は愛や勇気を無くさずにもっていられるだろうか。
では次回。