カタコトニツイテ

頭のカタスミにあるコトバについて。ゆる~い本の感想と紹介をしています。

「天地明察/冲方丁」の感想と紹介

98.天地明察/冲方丁

 

星は答えない。決して拒みもしない。それは天地の始まりから宙にあって、ただ何者かによって解かれるのを待ち続ける、天意と言う名の設問であった。(p.219)

 

天地明察(特別合本版) (角川文庫)

天地明察(特別合本版) (角川文庫)

 

江戸の時代に日本独自の暦を作り上げるべく、想像を絶するほどの長い年月を捧げた主人公たちの「天」との大勝負を描いた、冲方丁第七回本屋大賞を受賞した長編時代小説。

 

徳川家綱が世を治める時代、碁打ち衆として徳川に仕えていた渋川晴海は、本職である碁よりも算術に一層の関心を抱いていた。

 

そして、大名相手に定期的に御城碁を打つ毎日を送る晴海のもとに舞い込んだある指令をきっかけに、彼の二十年以上にもわたる「天」を相手取った戦いの火蓋が切って落とされる。

 

それまで普遍として用いられていた暦を変える、改暦の儀。
歴史を変えうるほどの重大な責任を伴う事業。

 

その悲願を成就させようと、膨大な歳月をかけて様々な分野の人々が知恵を結集し、数多の苦難と挫折を乗り越えて、正確な暦を完成させるまでの道のりは余りにも果てしない。

 

そんな一大計画の責を負い、多くの仲間たちに期待や夢を託されながら、己の人生を懸けて改暦を成し遂げようとする主人公の生き様にとても感銘を受けた。

 

今では常識として現代に存在している暦だけども、先人たちが途方もない苦労と時間を積み上げて作り上げた末に、世の中に定着したものなのだ。
それも、今ほど測量技術が発展していない江戸の時代に。

 

いつの世も飽くなき探求心を持っている者が世の中を変えていくんだな。
これでもかと見せつけられてしまった。

 

では次回。

「風が強く吹いている/三浦しをん」の感想と紹介

97.風が強く吹いている/三浦しをん

 

「走るの好きか?」(p.16)

 

風が強く吹いている (新潮文庫)

風が強く吹いている (新潮文庫)

 

走るのを辞めなかった二人の少年が、陸上とは無縁の大学寮に住む住人たちと箱根駅伝を目指す、三浦しをんの青春小説。

 

それまで興味の無かった箱根駅伝を見るきっかけになった小説。
三浦しをんさんのまっすぐな熱さにはいつもやられる。

 

高校時代に怪我により挫折を味わった大学四年生の灰二にはある野望があった。

 

それは学生駅伝の最高峰である箱根駅伝に出場すること。
それも、陸上未経験のメンバーが揃う寮の住人たち一同で。

誰もが無謀だと思う夢のような目標。


それでも、その目標を実現できると信じて疑わない灰二が「走ること」にかけて天賦の才を持つランナーと出会った瞬間から、夢物語は動き出す。

 

駅伝を走る十人のランナーは個性豊かで曲者ぞろい。
誰もかれも魅力的だけど、自分は王子というキャラが好きだった。
ポンコツだと思われるキャラが必死に頑張る姿にはいつも心が熱くなる。

 

十人それぞれにストーリーがあり、終盤にかけて彼らの想いが吐露されていくにつれて、より一層登場人物たちに感情移入させられる。

 

それぞれが走ることに懸ける思いは異なるし
これからもずっと走り続けるとは限らない。

 

それでもなお、みんなが同じ目標に向かって走り切る姿に
何度も涙腺が緩みそうになった。

 

まっすぐな熱さに触れたい人はぜひ読んで欲しい。
そして、箱根駅伝も見て欲しい。

 

では次回。

「阪急電車/有川浩」の感想と紹介

96.阪急電車/有川浩

 

 人数分の物語を乗せて、電車はどこまでもは続かない線路を走っていく。(p.130)

 

阪急電車 (幻冬舎文庫)

阪急電車 (幻冬舎文庫)

  • 作者:有川 浩
  • 発売日: 2010/08/05
  • メディア: 文庫
 

関西にまたがって走る私鉄阪急電車に乗り合わせた乗客たちのもとに起こるささいな出来事が連鎖して、それぞれの人生を少しずつ変えていく、有川浩の長編小説。

 

いつかぶりの有川浩さん。
あんなにも毎日乗っていたのにも関わらず、まだ読めていなかった。

阪急宝塚から西宮北口までを繋ぐ阪急今津線を舞台にした、各駅までの区間を走る車両の中には思い思いの悩みを抱える人々が乗っている。

 

図書館でよく見かける女の子と乗り合わせた青年。
息子夫婦との関係に思い悩む老婦人。
彼氏のDVに複雑な感情を持つ女子大生。

 

宝塚駅を発車した電車が西宮北口駅に辿り着くまでの、たった15分間に起こるふとした出来事に背中を押されるように、彼らはとある決意を抱く。

 

名も知らない、素性も知らない登場人物たち。
共通点は同じ電車に乗っただけ。

 

それだけの関係のはずなのに、小さい車両の中でいくつもの想いが駆け巡り、それぞれの心にメッセージが受け渡されていく。

 

決して互いに深く干渉するわけではないのに、すとんと彼らの心の隙間が埋まっていくようにバトンが渡されていくのが、不思議でいて心地よかった。

 

この小豆色の電車に毎日乗って大学に向かっていたと思うと、なんだか感慨深いような、懐かしい気持ちになる。出てくる駅名全部分かったなぁ。

 

では次回。

「和菓子のアン/坂木司」の感想と紹介

95.和菓子のアン/坂木司

 

和菓子は自由でおいしくて、人生に色を添える。(p.301)

 

和菓子のアン (光文社文庫)

和菓子のアン (光文社文庫)

 

デパートの地下にある和菓子屋で働く主人公の女の子が、個性豊かな従業員たちに囲まれながら和菓子の魅力に気づいていく、坂木司日常ミステリー

 

一つ前に読んだ本とのギャップがすごい。
まぁあえてそうしたのだけど。

 

大学に行かずに働くことを決めた主人公の杏子は、食べることが好きなことも相まってデパ地下にあった和菓子屋「みつ屋」でアルバイトをすることになる。

 

最初は和菓子について詳しくなかった主人公も、和菓子を買いに来るお客さんを接客しているうちに、その遊び心に満ちた和菓子の世界に魅了されていく。

 

また、おはぎ練り切りなど、普段何気なく食べていた和菓子にまつわる知識や名の由来などについて、物語の最中に遭遇する謎を交えながら知ることが出来る。

 

そして何と言っても、この物語に登場する人物たちが本当に魅力的。

 

主人公はぽっちゃりした自分の身体に不満を漏らしたり、かと言って美味しい食べ物の誘惑には負けてしまったりと、等身大な部分がすごく好きになった。

 

また、そんな主人公を囲む面々も個性豊かで、彼らの表と裏の顔とのギャップには面食らいつつも、みんなが生き生きと働く活気ある職場の雰囲気に読んでるこっちも和んでしまう。

 

久しぶりにお団子食べながら読んだ。
気分がすっかり春モードになってきた。

「疾走/重松清」の感想と紹介

94.疾走/重松清

 

ひとりぼっちが二人になれば、それはもうひとりぼっちではないのです(下 p.239)

 

疾走【上下 合本版】 (角川文庫)

疾走【上下 合本版】 (角川文庫)

 

広大な干拓地を有する町で暮らしていた中学生の主人公は、兄が犯したある罪によって苛烈で過酷な運命を辿ることになる、重松清の長編小説。


表紙を見た時の衝撃は忘れられない。
久しぶりにここまで重い作品を読んだ。

 

主人公のシュウジ、そして優秀なとの四人暮らしでごくごく普通の生活を送っていた。

 

彼らが暮らす町では干拓以前からある地域である「浜」と、干拓以後にできた土地である「沖」の二区域に分かれて人々が住んでいる。

 

どこかしらでお互いの集落を避け合って生きてきた彼らだったが、突如として持ち上がった大規模な開発計画を契機に町は混沌の渦に飲み込まれていく。

 

そして中学に通うようになった主人公も同じように、少しづつ歪んでいった町のうねりに巻き込まれていき、ある日兄が起こした事件を引き金に、彼の人生は決定的に破滅の道へと向かうことになる。

 

15歳の少年が背負うには余りにも重すぎる罪と、どこまでも終わりが見えない絶望が一人の人間を追い込んでいく様は、一読者にも関わらず心が荒んで目を塞いでしまいそうになる。

 

ただただ走ることが好きだった普通の少年が、耐えがたく過酷な運命を駆け抜けていく姿を、最後のその一瞬まで見届けることしか出来なかった。

 

この本ではいじめ部落差別などの重いテーマを始め「金」「宗教」「性」「犯罪」などを発端として綻んでいく家族、友人関係が随所に描かれる。救いの手が差し伸べられたかと思えば、袋小路の地獄に突き落とされる。

 

それでも少年に同情するとか、自分の環境は恵まれているとか、そんな感想だけでは終わりたくないなと思った。ただ、作中で呼ばれる「おまえ」が独りになって限界の淵で求めたものを、忘れないでおきたい。

 

読後は尋常じゃないくらい心がえぐられる。でも、読めてよかった。
ただし次読む本はほんわかする作品にしないと身が持たない。

 

では次回。

「ユージニア/恩田陸」の感想と紹介

93.ユージニア/恩田陸

 

新しい季節は、いつだって雨が連れてくる。(p.10)

 

ユージニア (角川文庫)

ユージニア (角川文庫)

  • 作者:恩田 陸
  • 発売日: 2008/08/25
  • メディア: 文庫
 

 

様々な関係者への聞き込みをもとに、数十年前に起きた名家の大量毒殺事件の真実を紐解いていく、恩田陸の長編ミステリー。

 

素敵な書き出しで知ったこの作品。
読み始める入口は表紙やあらすじだけではないのだ。

 

何十年も前にとある名家で起きた無差別大量毒殺事件。
容疑者とされていた男は自殺し、多くの謎が残された。

 

この物語は毒殺事件の生き残りを含めた複数の関係者へのインタビュー形式で展開される。

 

そして彼らの証言の節々で登場する当時見逃されていた不可解の点が、事件の真実を徐々に明るみにしていく。

 

いわゆる主人公的な立ち位置となる人物がおらず、間接的に事件に関わっていた人物たちの語りによって、少しづつ異なる角度から語られる証言が今まで死角となっていた部分を照らしていくのが斬新だった。

 

物体が大きすぎるがゆえに、見る角度によって捉え方は変わるし、見る人間によっても感じ方は不揃いで微妙にずれが生じる。まるでだまし絵みたいに。

 

それにしても、最後まで不思議でミステリアスな雰囲気が漂っていた作品だった。
霧の中を闇雲に進んでいたら、いつの間にかゴール地点に立っていたみたいな。
そんな感じ。

 

では次回。

「プシュケの涙/柴村仁」の感想と紹介

92.プシュケの涙/柴村仁

 

 翅を片方失った蝶は
地に落ちるしかない
涙を流す理由もない私は
失った半身を求めて彷徨うだけ

 

プシュケの涙 (講談社文庫)

プシュケの涙 (講談社文庫)

 

 自殺した少女の謎を解き明かす、柴村仁の青春ミステリー。

 

この物語は前編後編に分かれていて
主人公も視点も異なる二部構成となっている。

 

前編では受験に追われる主人公の榎戸川と校内で変人と言われる由良が、夏休みに学校で自殺した少女の謎を探るため動き出す。

 

時には由良の不可解な行動に惑わされながらも、彼らは生徒に聞き込みしたり、自殺した少女の行動を探ることで真実に近づいていく。

 

ここまでは至って普通のミステリー。
この物語がかけがえのないものになる理由は、後編にこそある。

 

後編では、前編と打って変わって時系列が巻き戻り
とある少女の視点でストーリーが展開される。

 

決して順風満帆とは言えない学校生活を送る彼女は、美術部の勧誘にきた謎の少年との出会いをきっかけに、少しづつ彼に心を開いていく。


彼女がどのようにして学校生活を過ごしていたのか。
どのようなことを考えて生きていたのか。

そんな前編では知ることが出来なかった彼女の想いが明かされ、最後には幸せな未来が待ち受けているかのように見える。

 

しかし、この二つの物語の時系列をあまつさえ逆にすることで、より後編の物語が優しく儚げに感じられ、結末に対してやり切れない想いを抱くことになる。

きっと前後編の順番が逆だったなら、ここまで心にくるものは無かっただろう。
この構成だからこそ、残酷でいて、尚且つ一層の切なさが生まれる。

 

最後に表紙をもう一度見ると、どこまでもやるせない気持ちになってしまう。
ぜひ、読むときはメディアワークス文庫版で。

 

では次回。