カタコトニツイテ

頭のカタスミにあるコトバについて。ゆる~い本の感想と紹介をしています。

「ラッシュライフ/伊坂幸太郎」の感想と紹介

105.ラッシュライフ/伊坂幸太郎

 

「でもな、人生については誰もがアマチュアなんだよ。そうだろ?」(p.277)

 

ラッシュライフ (新潮文庫)

ラッシュライフ (新潮文庫)

 

主人公の異なる四つの物語が並行して語られる中、それぞれの物語が交錯しては予想もつかない結末へとなだれ込む、伊坂幸太郎群像劇

 

盗んだ相手のもとに置手紙を残す泥棒。
新興宗教に魅せられ、教祖を神と崇める青年。
不倫相手との再婚を目論見ながら計画を立てる女性カウンセラー。
職を失い路頭に迷う最中、野良犬を拾う男。

 

伊坂作品屈指の人気を誇る泥棒・黒澤を始め、多種多様な人物が織りなす群像劇は読んでいても全く飽きないどころか、次々と起こるトラブルに読者自身がどんどん引き込まれていく。

 

そして、この物語では一つの軸としてバラバラ死体が登場するのだけど、壮大な事件として扱われるかと言えばそうでもなく、各主人公の間で厄介の種をまき散らしているのが面白い。登場人物たちはたまったもんじゃないだろうけど。

 

年齢も職業もばらばらの四人の視点から語られるそれぞれの物語が、作者の秀逸に張られた伏線によって、バラバラ死体と言う特異な物体を介しながらいつの間にか一本の線に繋がる。

 

まるで作中に出てくるエッシャーの騙し絵のように、出発点がどこだか分からぬまま読んでいると、最初は気づかなかった物語の接点が終盤に向かうにつれて巧妙に繋がっていたことに驚かされる。

 

登場人物たちの間で交わされる小気味いい会話も特徴的で、特に黒澤と佐々岡の言葉の掛け合いがシュールでお気に入り。

 

伊坂さんの作品は声を出して爆笑するって感じじゃなくて、合間にふふっと笑ってしまう感じ。多分、それが好きなんだろうな。

「神様ゲーム/麻耶雄嵩」の感想と紹介

104.神様ゲーム/麻耶雄嵩

 

神様ゲーム (講談社文庫)

神様ゲーム (講談社文庫)

 

自らを神様だと名乗る転校生の予言する通りに起こる事件に、主人公は疑心暗鬼になりながらも真実は何かを追い求める、麻耶雄嵩「神様シリーズ」の第一作目となるミステリー。

 

アンチミステリ作品を数多く生み出す麻耶雄嵩さんのミステリー。
可愛い表紙とは裏腹に内容はなかなかヘビー。

 

神降市に住む芳雄が通う小学校にある日、謎の転校生がやってくる。
彼の名は鈴木太郎と言い、自分のことを神様だと自称する。

 

最初は信じていなかった主人公も、最中に街で起こっていた事件の犯人と思しき人物を瞬時に言い当てる彼のことを徐々に本物の神様なのではないかと思い始める。

 

不穏な雰囲気を醸し出しながら進んでいく物語に付随して、小学生のころに感じていた得体のしれないものに対する好奇心や恐怖感をまざまざと見せつけられた。

 

また、最後の最後まで何が起こるか分からないのが麻耶雄嵩作品の真骨頂でもあり、それまで信じてきた設定がいとも容易くひっくり返る。

 

真実が分かった時、ぞっとする気持ちと結局あれは何だったのだろうと言う気持ちが両方現れる不思議な作品だった。続編もいつか読もう。

 

では次回。

「クライマーズ・ハイ/横山秀夫」の感想と紹介

103.クライマーズ・ハイ/横山秀夫

 

クライマーズ・ハイ (文春文庫)

クライマーズ・ハイ (文春文庫)

 

1985年に起きた未曽有の航空機墜落事故の裏側で、錯綜する情報と報道の意義に揺さぶられながらも、報道現場に立ち続ける新聞記者である主人公の葛藤とその一部始終を描いた、横山秀夫の長編小説。

 

地元紙で遊軍記者の立場にあった悠木は、同僚から誘われた山登りの誘いをきっかけに、山を登る行為に没頭し始める。

 

そして、魔の山と呼ばれる谷川岳に挑戦しようと予定していた日。彼のもとに飛び込んできたのは、単独機の事故としては世界最大の被害を出した日航機の墜落事故の一報と、共に山に登るはずだった同僚が倒れて病院に運ばれた知らせだった。

 

事故の全権デスクを任された主人公は、目まぐるしく状況が変化する事故現場社の上層部の派閥争い、そして倒れた友が残した謎の言葉に翻弄される。

 

この作品を通して、事故発生から収束までの緊迫した報道現場の一部始終、その一瞬一瞬に至るまで主人公の言動や内に秘める心情がどこまでもリアルに描かれていた。

 

決して主人公が全権デスクとしてうまく立ち回っているかと言うとそうではない。上司との折衝や部下の統率に至るまで、あらゆる事象に対応しながら事故に関する報道を選択していく。正解のない二択を何度も迫られる。

 

主人公の葛藤と悲哀に満ちた感情が、この小説を読んでる間ずっと自分の中を駆け巡っていた。彼の立場を思うだけでも、胃に穴が開きそうになる。

 

ちなみにタイトルのクライマーズ・ハイと言うのは、登山中に極限状態に晒されることで恐怖感が麻痺してしまう現象のこと。自分はそんな状況に陥った時、正常な判断が下せるだろうか。

 

では次回。

「神様のビオトープ/凪良ゆう」の感想と紹介

102.神様のビオトープ/凪良ゆう

 

もともと幸福にも不幸にも、決まった形などないのだから。(p.285)

 

神さまのビオトープ (講談社タイガ)

神さまのビオトープ (講談社タイガ)

 

亡くなった夫の幽霊と一緒に暮らす主人公と、歪な愛を携えながらも懸命に生きようとする者たちへの救済を描いた、凪良ゆうの連作短編集。

 

「流浪の月」2020年の本屋大賞を受賞した凪良ゆうさん。
でも実は、この本自体は凪良ゆうさんが書いたものとは知らずにだいぶ前に読んでいた作品だった。

 

夫を事故で亡くした妻のうる波のもとに、ある日死んだはずの夫である鹿野くんが幽霊となって現れ、今まで通り一緒に暮らすことになる。

 

幽霊と言えども普通に話しかけてきて朝食をともにする鹿野くんと、おかしいと思いながらもこの関係が壊れなければ良いと思い続けるうる波の他愛もない会話には、奇妙だけどもどこか不思議と暖かさを感じる。

 

そんな二人が出会うのは機械の親友を持つ少年小さな子どもを一途に愛し続ける青年など、様々な愛の形を抱く人々。

 

彼らは自らの歪で不確かな愛情にもがき苦しみながらも、自分たちにとっての「救い」とは何かを模索しながら、必死に生きようとする。

 

そんな彼らの姿を見つめるうる波たちも一種の歪んだ愛情が作り上げる自分たちの状況にどのように向き合っていくのかを、物語通して自問自答していく。

 

右に倣えの現実に目を向けるためなんかに、ぽっかりと空いた寂しさを繕っているものを手放す必要なんてなくて、歪だろうがねじ曲がっていようが、秘密を抱いたままひっそりと幸せを享受して生きていく権利は誰にでもあるのだろうと、読み終わった今は思う。

 

幸せを決めるのは自分たちなのだから、周りの目線に左右されるものではないのかもしれない。今の世の中では、どうしても気にしてしまいがちだけども。

 

短編一つ一つにも趣向が凝らされていて、あっと驚く展開もある。
物悲しくて、儚い雰囲気が好きな人はぜひ読んでみて欲しい。

 

では次回。

「アンドロイドは電気羊の夢を見るか?/フィリップ・K・ディック」の感想と紹介

101.アンドロイドは電気羊の夢を見るか?/フィリップ・K・ディック

 

最終世界大戦後に放射能灰に汚染された地球でアンドロイド狩りを行う賞金稼ぎの主人公の苦悩を描く、フィリップ・K・ディックSF小説

 

一度聞いたら一生忘れないタイトル。後に残した功績も大きい。
また、映画ブレードランナーの原作としても有名な作品。

 

第三次大戦後の世界では、ほとんどの住民が火星へと移住し、戦争中に出現したその放射能灰によって動物たちが次々と絶滅したことによって、遺された地球に住む人々の間では生きている動物を所有することが一種のステータスとなっていた。

 

そんな地球で同じく戦時中に開発された「アンドロイド」の狩りを生業とする賞金稼ぎのリックは、本物の動物に憧れながらも屋上にいる人工の電気羊しか持ち得ていない生活を余儀なくされていた。

 

しかし、火星から逃亡してきた八体のアンドロイドの処理を引き受けたことから、彼の人生を変えるための命運を懸けた戦いが始まる。

 

この物語では、アンドロイドと呼ばれる人間にそっくりな見た目をしながらも人間とは区別された生物が登場する。

 

人間と異なる部分を探すのが難しいぐらい精巧に造られたアンドロイド。

戦いを経るごとにリックは、人間とアンドロイドの境目が徐々に曖昧になっていく。

 

決して形式上の分類では判断できないアンドロイドの人間性に苦悩しながらも、自らの使命に従って敵を殲滅していく姿に、読者側も本質的に「人間とは何なのか」を考えさせられる。

 

現在のSNSを示唆しているような描写もあり、現代的な設定を兼ね備えているこの物語が50年以上前の1968年に書かれたとは到底思えない。
ディックには未来が見えているのかも。

 

では次回。

「十二国記 月の影 影の海/小野不由美」の感想と紹介

100.十二国記 月の影 影の海/小野不由美

 

「裏切られてもいいんだ。裏切った相手が卑怯になるだけで、わたしの何が傷つくわけでもない。裏切って卑怯者になるよりずっといい」(下 p.84)

 

月の影 影の海 (上) 十二国記 1 (新潮文庫)

月の影 影の海 (上) 十二国記 1 (新潮文庫)

 

 

地図にない異世界へと連れて来られた主人公が、怒涛のごとく押し寄せる苦難の連続に立ち向かっていく、小野不由美による十二国記」シリーズの第一作目となる壮大な異世界ファンタジー

 

現実世界で真面目な女子高生として普通の生活を送っていた主人公の陽子のもとに、ケイキと呼ばれる金髪の男が突如として現れた事から物語は始まる。

 

彼に連れてこられた異世界である十二国は現実世界とは異なり、妖魔と呼ばれる怪物が存在し、子どもは母親のお腹ではなく「里木」と呼ばれる木についた「卵果」と言う実から生まれる。

 

そして、最も重要なのが十二国にはそれぞれ王が君臨しており、その王は麒麟と呼ばれる天からの使いである霊獣によって選ばれるという事。

 

麒麟は天命を受けて、民を導く王を任命する。
選ばれた王は神の力を授かり、国を治めて民を統治する。

これまでの世界とは異なるルールで動いている世界の中で
何も分からずに連れてこられた陽子は想像を超えた困難に何度も遭遇する。

 

信じた者に裏切られ、自らの弱さを突き付けられ
気づけば彼女は絶望の淵に立たされてしまう。

 

この物語の魅力は何といっても
その緻密に構成された十二国と呼ばれる世界観の魅力。

 

この世界では王が悪意を働けば麒麟は病に倒れ王は力を失い失墜し国は荒れる。
ファンタジー世界だからと言って何でもありな世界ではなく
多くの代償を払った上で成り立つ世界でもある。

 

そして、そんな不思議な世界において、たった一人で生き抜いていく陽子の感情の機微がどこまでもリアルに描かれている部分もこの物語の特徴。

 

彼女は決して強いわけではないし、何度も人に裏切られることで心が悪に染まってしまいそうになる。それでも、理不尽に連れてこられた世界に抗いながら、信じられる者との出会いによって生きることを諦めずに成長していく。

 

この物語は途轍もなく壮大な物語である十二国記シリーズの序章にすぎない。上巻は苦しい展開が続くけども、きっと読み始めたらめくるページが止まらなくなるので、たっぷり時間があるときに眠れなくなるまで読んで欲しい物語。

 

では次回。

「夜は短し歩けよ乙女/森見登美彦」の感想と紹介

99.夜は短し歩けよ乙女/森見登美彦

 

私はその苦闘を「ナカメ作戦」と名付けた。これは、「なるべく彼女の目にとまる作戦」を省略したものである。(p.156) 

 

夜は短し歩けよ乙女 (角川文庫)

夜は短し歩けよ乙女 (角川文庫)

 

京都を舞台に黒髪の乙女と彼女に想いを寄せる先輩が、個性豊かな人々と騒動を繰り広げる、森見登美彦の恋愛ファンタジー

 

2017年には実写アニメ化もされたこの作品。
テーマ曲はASIAN KUNG-FU GENERATIONの「荒野を歩け」
物語にマッチしすぎて、夜歩いていると軽率に聴いてしまう衝動に駆られる。

 

夜の先斗町を練り歩き、下鴨神社の古本市を探索し、訪れた大学の学園祭では思いもよらない大役を任される。「なむなむ」が口癖の黒髪の乙女が歩く世界は、魅惑と驚きに満ち溢れていた。

 

そして、そんなキラキラとした黒髪の乙女の姿を追い求める先輩は、何とかして彼女と偶然を装って出会おうとするが、そのたびに変てこな事件に巻き込まれていく。

 

何度となくすれ違いながらも、巡り巡って黒髪の乙女との接点を保とうとする先輩の姿勢には感服の一言だった。ある意味清々しい。もちろん褒めている。

 

それでも、運命の出会いを果たしたとて「奇遇ですね」の一言で済ましてしまうような鈍感な乙女と、そんな彼女の外堀を埋め続ける先輩とのささやかなやりとりには、読んでいるこっちもくすっとさせられては悶えるような、何とも心地いい変な気分になる。

 

また、作品中に出てくる「おともだちパンチ」「韋駄天コタツなど、個性的なワードと奇想天外な事件の数々が物語を彩っていく。

 

なんだか対照的に思える二人の視点で描かれる世界だけども、どちらも共通して森見登美彦さんから放たれるユーモラスな言葉たちで表現されていて、読み終わった後にはいつの間にやら森見ワールドの不思議な世界観にひたひたにされている。

 

まぁ何はともあれ、黒髪の乙女が可愛らしいのだ。
そして読んだらしかるのち、夜の散歩へと繰り出せばいい。

 

では次回。