カタコトニツイテ

頭のカタスミにあるコトバについて。ゆる~い本の感想と紹介をしています。

「彼らは世界にはなればなれに立っている/太田愛」の感想と紹介

215.彼らは世界にはなればなれに立っている

 

「おまえの行為によって世界が変わることはない。なにかすることで、おまえ自身が変わることはあってもな」(p.122)

 

人々が文明を創り拡げた「始まりの町」を舞台に、4人の語り手が消えた人間の行方と町が抱える秘密を徐々に明らかにしていく、太田愛の長編小説。

 

現実ともファンタジーとも言いきれない、古い寓話のような、未来のディストピアのような、そんな世界観の物語がたまらなく好きだった。

 

過去には文明の出発地点として栄えるも、長い年月とともに少しずつ廃れていき、かつての面影を失いつつある「始まりの町」には、二種類の人間が存在していた。

 

誇りある「始まりの町」に生まれた塔の地の民。
そして、他の場所から移り住んできた「羽虫」と呼ばれる者たち。

 

明確に区別された人々が存在する歪の構造が生まれた町で、確かな意思を持つ4人の登場人物は、自身だけが知る真実を順番に語り継いで、町がひた隠しにしていた秘密を露わにしていく。

 

冒頭で写真に写されていた人物たち。
彼らは同じ町で生きながらも、はなればなれに立っていた。

 

町に暗い影を落とす存在に気づいたとしても、救いの手を差し伸べたいと心の底から願ったとしても、誰かと深く寄り添い合うこともなく、それぞれの場所で立ちつくすしかできなかった。

 

淀んだ空気に慣れていくことで、ゆるやかに思考は動きを止め、ひっそりと誰にも気づかないうちに、内側から町を蝕んでいく。

 

そんな人々になすすべなく虐げられる者たちも、それに抗う者たちも、きっと現実の世界には等しく存在していて、同じ町で当たり前のように息をしている。

 

それがどれだけ残酷なことなのか、知ろうともせずに。

 

では次回。

「スモールワールズ/一穂ミチ」の感想と紹介

216.スモールワールズ/一穂ミチ

 

退屈な教科書の文章みたいに単純な情報として丸飲みし、解釈も深読みも加えないでほしい。自分の人生を、物語みたいに味わわれたくない。(p.302)

 

様々な人間関係の合間で揺れる人々が生活する小さな世界で、もどかしさを抱えながらも懸命に生きるものたちの7つの物語が綴られる、一穂ミチ短編小説

 

夫婦、親子、姉弟、先輩と後輩。並々ならぬ繋がりを持っている彼らが胸に抱く想いは、誰かに理解されたいわけではないのに、心のうちに閉まっておくには耐えがたい歪なものだった。

 

7つの物語で描かれる「小さな世界」は、赤の他人からしたらちっぽけで、とりとめのないことなのかもしれない

 

でも、小さな世界だからこそ、自分ごとでいられる。
手の届く場所だから、手を伸ばしていられる。
彼らが発する言葉が生活圏で育んだ心を掠めていくたびに、そう思わされた。

 

また、一穂ミチさんが綴る文章を読んでいると、矢継ぎ早に迫ってくる言葉に飲み込まれそうになる瞬間がある。息をとめていることに気づかないほど滑らかに。

 

それはきっと、どこかで感じたことのある感情を見透かされたような、誰にも打ち明けることのできなかった言葉を見つけてくれたような、半端でどっちつかずな想いを投げかえしてくれるからだろう。

 

自分自身も、この「小さな世界」の中にいる。
一穂ミチさんが覗いてくれるのを待ち侘びながら。

 

では次回。

「レーエンデ国物語/多崎礼」の感想と紹介

214.レーエンデ国物語/多崎礼

 

革命の話をしよう。
歴史のうねりの中に生まれ、信念のために戦った者達の
夢を描き、未来を信じて死んでいった者達の
革命の話をしよう。(p.10)

 

呪われた土地と呼ばれるレーエンデを舞台に、国を飛びだした少女が、魅惑の地で出会う様々な出来事を経て、自ら選択した道に向かって歩み始める、多崎礼ファンタジー小説
 
ここまで世界観に埋没しながら、ひと時も心休まることなく、最後まで登場人物たちとともに駆けぬけた物語はいつ以来だろうか。
 
主人公である貴族の娘ユリアは、父親であり、母国の騎士団長でもあるヘクトルに連れられて、銀の呪いが渦巻く土地「レーエンデ」へとたどり着く。
 
その場所でユリアが出会ったのは、彼女の運命を変えることになる琥珀色の瞳を持つ寡黙な射手・トリスタンだった。

彼もまた、ヘクトルがこの地にやってきた理由、そしてユリアとの邂逅によって、自身がこれから進んでいくべき道を見いだしていく。

 

また、何よりも魅力的だったのは、本当に物語の世界に迷いこんだのではないかと錯覚するほど、繊細に描かれるレーエンデの森の情景描写。

 

空高くそびえ立つ古代樹木の桐を根城にするウル族たちの生活を彩る森の食材、そして、様々な色の緑が散りばめられた木々と、その地でたおやかに育つ植物たち。

 

実際には存在しないはずの幻想が、ひとたび目を瞑ると目の前に現れる。

 

それほど『レーエンデ国物語』という作品には、読者を惹きつけて離さない、醸成された世界観があった。

 

さらに驚くべきことに、この一冊は、これから続く「レーエンデ」をめぐる壮大な物語のほんの序章にすぎない。続きを読むのが楽しみだ。

 

では次回。

「告白/湊かなえ」の感想と紹介

213.告白/湊かなえ

 

愛美は事故で死んだのではなく、このクラスの生徒に殺されたからです。(p.29)

 

幼い娘を校内で亡くした女性教師は、娘は事故ではなく生徒に殺されたのだと告白する、湊かなえデビュー作となる長編ミステリ

 

第6回本屋大賞を受賞したこの物語を、15年の時を経てたった今、読んだ。
今でも衝撃的なストーリーだと感じるのに、当時はどれほどセンセーショナルなデビュー作だったのだろう。

 

中学校の終業式の日に行われたホームルーム。4歳の娘を事故で亡くした女性教師が放った衝撃の告白によって、騒がしかった教室は一転して静まりかえり、異様な雰囲気をまとったまま、物語の幕は開ける。

 

彼女の告白によって火蓋が切られると、それぞれの章では、級友、犯人、犯人の家族と語り手を変えながら、次第に事件の全容を浮き彫りにしていく。

 

語り手となった者たちが吐露する感情には戸惑いや後悔、憎しみ、妬みが入り交じり、彼らが発する他愛のない一言には、心の底から抱く切実な願いが込められていた。

 

そして、個人的に何よりも恐ろしいと感じたのは、物語の主要人物の過激な行動でもなく、あまりにも冷酷な復讐劇でもなく、事件に関わりのない周辺の人物が放った無造作でさりげない一言だった。

 

他意のない一言は、一滴の黒いシミとなって、どれだけ洗い流そうとしても消えずに染みついたまま、物語を読みおえた今でも、脳内にこびりついている。

 

湊かなえさんの物語にある、有象無象に思えた登場人物が突然、豹変して悪意をまとって立ち塞がってくる感覚、その原点を見た気がした。

 

では次回

「世界でいちばん透きとおった物語/杉井光」の感想と紹介

212.世界でいちばん透きとおった物語/杉井光

 

「燈真さんは、言葉で心臓を刺せる人ですね」(p.105)

 

大御所ミステリ作家が遺した未発表の小説のありかを、彼の息子である主人公が唯一の手がかりであるタイトル名をもとに見つけ出そうとする、杉井光の長編小説。

 

まず、この構想をカタチにしたことに対して拍手を送りたい。
そもそも思いつかないし、思いついたとしても実現できる気がしない。

 

有名なベストセラー作家として、数多くのミステリ小説を世に送りだした宮内彰吾が死去した。

 

そんな彼が過去におかした不倫の末に生まれた息子である主人公のもとに、本妻の長男である人物から、宮内彰吾が遺したと思われる未発表小説の原稿探しの依頼が届く。


手がかりとなるのは『世界でいちばん透きとおった物語』というタイトルのみ。

 

主人公は宮内彰吾がかつて関係をもった女性たちの話を聞きながら捜索を続けるが、その果てに辿りついたのは、あまりにも突拍子のない真実だった。

 

衝撃のラストに意識が持っていかれそうになるが、真実が明らかになるまでの主人公の葛藤や、自らの境遇に向き合って搾りだした言葉が繊細な文章で綴られている。

 

タイトルの名に違わない、世界でいちばん透きとおった物語。読みおわったあとは、もう一度、初めからページをめくって、その美しさを体感してほしい。

 

では次回。

「独白するユニバーサル横メルカトル/平山夢明」の感想と紹介

211.独白するユニバーサル横メルカトル/平山夢明

 

私は小は道路地形から大は島の位置までを網羅した単なる地図なのでございます。(p.226

 

タクシー運転手を主人とする一冊の道路地図帳が語り手を務める表題作を始め、残酷でおぞましい物語が綴られる平山夢明短編ホラー

 

まず、タイトルのセンスがずばぬけている。
独白するユニバーサル横メルカトルなんて言葉は一生かけても思いつかない。

 

自らが目の当たりにしてきた鬼畜な所業を、淡々とした口調で語る地図帳が主人公という荒唐無稽な話の他にも、SFサイコスリラー童話のような世界観の物語まで、多種多様な平山夢明作品が集められている。

 

そして、どの物語にも共通するのは凄惨で残虐な描写の数々と、独特な文体で綴られる登場人物たちの感情の起伏

 

あまりにも救いのない状況におかれた彼らは、投げやりな気持ちとは裏腹に、どこかで世界が変わる瞬間を待ちわびている。

 

永遠に続くと思われるほど悲愴感が漂う状況のなかで、ほのかな期待を持って進んでいく物語の結末に待ち受ける絶望的な最期は、読者もろとも奈落の底に突き落とすくらいの衝撃をもっていた。

 

最後の話は読んでいて、あまりのグロテスクな描写の連続に文章を直視できなかった。個人的には「無垢な祈り」が心に残っている。誰にとっての救いなのか、そもそも救いは存在しているのか。でも、美しいラストだと思った。

 

では次回。

「サーチライトと誘蛾灯/櫻田智也」の感想と紹介

210.サーチライトと誘蛾灯/櫻田智也

 

枝になりたいという強い願いなくして、あのような姿に到達できるとはとても考えられません。ぼくはそのうち、ナナフシは本物の樹になってしまうだろうと思っています。(p.125)

 

昆虫オタクの青年が各地で出会った不可解な事件は、彼が発するとぼけた発言によって解決に向かっていく、櫻田智也の短編ミステリ。

 

夜の公園で起きた変死事件、観光地化に失敗した高原に隠された企み、バーの常連客を襲った悲劇の謎。

 

不可解な状況の数々に、なぜか居合わせることになる主人公の青年は、昆虫に関する知識を披露して周囲を戸惑わせながらも、飄々と事件を解決に導いていく。

 

とぼけた会話の応酬の中に張り巡らされた伏線が繋がったとき、思いもよらない真実が目の前に浮かびあがる驚きは、短編とは思えないほどの充足感をもたらしてくれた。

 

また、収録されている5つの物語は、どれも物語の先を読者に委ねるような結びになっていて、読みおわった後は深い余韻に浸ることができる。

 

そのなかでも、印象的だったのが『火事と標本』という作品。隠された真実の優しさと残酷さが、時を経て明らかになる。熱燗を酌み交わしながら語られる情景にもグッときた。

 

では次回。