カタコトニツイテ

頭のカタスミにあるコトバについて。ゆる~い本の感想と紹介をしています。

「電気じかけのクジラは歌う/逸木裕」の感想と紹介

223.電気じかけのクジラは歌う/逸木裕

 

__音楽の本質は、波及なんだ。空港のように、僕やみんなの中には色々な音楽が溜まっている。いままでに影響を受けてきた色々なものから、新しいものを再構築する。そうやって芸術は波及していく。(p.47)

 

人工知能を活用した作曲アプリが世の中を席巻する世界で、元作曲家の主人公は自殺した友人が残した謎のメッセージに込められた意味を追い求める、逸木裕の長編小説。

 

AIを駆使した作曲アプリ「Jing」が広く普及したことで、作曲家と呼ばれる職業が絶滅の一途を辿る近未来の世界。

 

そんな世界で、元作曲家ながら「Jing」に音楽を学習させるための検査員として働く主人公の元に、かつて同じ音楽ユニットで活動していた男が自殺したという衝撃の知らせが届く。

 

共に音楽を鳴らした友人の訃報に驚きつつも、彼が残したメッセージの数々に違和感を覚えた主人公は、自らの記憶を遡りながらAI社会が抱える謎に迫っていく。

 

ストーリーを読み進めていくと、未来で急速に普及したであろう最新技術が文章の節々で登場していて、あまりにも自然に社会へ溶け込んでいることに少し怖くなる瞬間があった。どう考えても、効率的で便利な世の中なのに。

 

文章やイラスト、動画生成など、現実でもAIは創作の域へとすでに足を踏み入れている。

 

新しい音楽を創る喜びも、まだ聴いたことのない音楽を見つける楽しみも、未来では当たり前のように存在すると思っていた。

 

いつか訪れるかもしれない音楽の末路に、必死で抗おうとする人たちの声を聴いてほしい。

 

では次回。

「神楽坂スパイスボックス/長月天音」の感想と紹介

222.神楽坂スパイスボックス/長月天音

 

「きっと、私がスパイス料理に勇気づけられたからかもしれませんね。私にとって、スパイスは、魔法の粉なんです」(p.57)

 

神楽坂の路地で小さなスパイス料理店を開いた2人の姉妹は、訪れる人々に心も体も温まる料理を振る舞っていく、長月天音短編小説

 

もともと、スパイスについて詳しくなりないと思っていたところ、たまたま本屋で見つけた本だった。

 

雑誌編集者として働いていた主人公のみのりは、5年間付きあっていたレストランの若きオーナーシェフにふられたことをきっかけに、会社を辞めて自らも飲食店を開店することを決意する。

 

かつて料理人として働いていた姉のゆたかを誘い入れ、新しく始めたのはスパイス専門料理店だった。

 

神楽坂の路地の奥に佇む小さな店には、その魅惑のスパイスの香りに引き寄せられた、思い思いの悩みを抱える人々が立ち寄っていく。

 

そんな彼らに振る舞われるのは、モロッコで親しまれるタジン鍋アルザス地方の伝統料理であるシュークルートなど、世界各地で愛されるスパイス料理の数々だった。

 

スパイス料理と聞くと、独特な香りに伴う辛さをイメージする人も多いかもしれない。しかし、この作品では、そんなスパイス料理の固定観念をひっくり返すような、心も身体を温めてくれる料理と、姉妹のゆるっとした会話が読者を迎えてくれる。

 

読みおわったあとは、路地の奥にある小さなスパイス料理店を神楽坂まで探しに行きたくなった。近所にあったら、間違いなく常連になっていると断言できる。

 

では次回。

「ノウイットオール あなただけが知っている/森バジル」の感想と紹介

221.ノウイットオール あなただけが知っている/森バジル

 

「この世界のこと一切もれなくぜーんぶ知るまでは、誰に何言ったって知ったかぶりだよ」(p.140)

 

とある街を舞台に異なる5つの世界で起こる物語が綴られるなかで、重なりあった出来事がやがて思わぬ結末を引きおこす、森バジル短編小説

 

ここまで舞台設定に惹かれるあらすじがあるだろうか。
とてつもないワクワク感で読み進めた。

 

ミステリ、ファンタジー、SF、青春、恋愛。
様々な小説のジャンルが一同に会する舞台となるのは
どこにでもある普通の街「切縞市」

そこでは、M-1グランプリを目指して漫才の練習に明け暮れる高校生、暴力団を相手どり高額な依頼料を突きつける女性探偵、はたまた異なる世界から街に迷いこんだ異世界人たちなど、とうてい人生で交わるはずのない人々がそれぞれの物語を歩んでいた。

 

しかし、全く異なるジャンルからなる5つの物語は、それぞれの世界と交わりきらずとも少しづつ重なりあうことで、思いがけない奇跡を起こす。

 

角度を変えると景色が一変する物語は、くるくると回転して色鮮やかな世界を映しだす万華鏡のようだった。

 

覗いてみて夢中になってしまったのが「青春小説」のパート。
熱量を保ったまま、信じられないスピードで青春が過ぎさっていく

 

全ての真相を知っているのは読者だけ。
空から街を見下ろしながら、最後のページをめくってみてほしい。

 

では次回。

「透明な夜の香り/千早茜」の感想と紹介

220.透明な夜の香り/千早茜

 

「香りは脳の海馬に直接届いて、永遠に記憶されるから」(p.55)

 

古い洋館で家事手伝いをすることになった主人公は、その場所で客の望む香りを自在に作りだす調香師として働く男性と出会い、魅惑の香りによって閉じこめていた記憶を思い起こしていく、千早茜の長編小説。

 

書店員を辞めて新しく働ける場所を探していた主人公の女性は、家事手伝いのアルバイトを始めるために、森に隠れた古い洋館を訪れる。

 

そこには、どんな香りでも意のままに作り出すことのできる、調香師と呼ばれる仕事を生業とする、灰色がかった目の男性が住んでいた。

 

庭で育てた香料植物や薬用植物を使って、いとも簡単に魅惑の香りを操る彼のもとには、形のない幻想とも呼べる代物を追い求める人々から、風変わりな依頼が続々と届けられる。

 

調香師としての仕事を何度も目のあたりにして、彼が抱える深い孤独に触れた主人公は、やがて心の奥底に閉じこめていたある記憶について思いをめぐらせる。

 

現実に存在する香りは記憶と対になって人々の心に棲みついて、良くも悪くも忘れることのできない幻想を植えつけていく。

 

透明な夜の香りを想像してみるけど、おぼろげで掴めないままだった。
調香師ならば、作りだすことができるのだろうか。

 

では次回。

「リボルバー/原田マハ」の感想と紹介

219.リボルバー/原田マハ

 

「絵を描いたその場所に、その絵は残らない。生産する場所と消費する場所は一致しないのは世の常です」(p.96)

 

パリのオークションに持ちこまれた、ゴッホの自殺に使われたとされるリボルバーが引き金となり、稀代の芸術家であるゴッホゴーギャンの知られざる真実を紐解いていく、原田マハ長編小説

 

主人公は小さなパリのオークション会社に勤務する女性。
そんな彼女のもとに、謎の女性からとある一品が届けられる。

 

それは、かのフィンセント・ファン・ゴッホの自殺に使われたとされる、錆びついた一丁のリボルバーだった。

 

フランス絵画史の研究者でもある主人公は、いわくつきのリボルバー本当にゴッホを撃ち抜いたものなのかを調べるため、ゴッホゆかりの地へと赴く。

 

そして、彼女たちは、ゴッホゴーギャンのただならぬ関係について、歴史には残らなかった真実に迫っていく。

 

美術史に残る謎の一つであるゴッホの死に対して、決して憶測ではない丁寧な歴史見分と、豊かな色彩で描かれる登場人物の回想によって、歴史に名を刻む世紀の画家たちが実際に描いたストーリーだと信じさせられた。

 

ゴッホゴーギャン、お互いを意識していたからこそ、アートに対する才と情熱が彼らを引きつけ、結果的にぶつかりあい、決裂してしまう。そんな彼らの人生を通したライバル関係だけでも、一つの物語になるほどの重厚感。

 

それでも歴史の空白を埋める回想は、まさしく真実を辿るミステリーだった。
原田マハさんの物語には、美しく心を動かす一文で締められるから好き。

 

では次回

「レーエンデ国物語 月と太陽/多崎礼」の感想と紹介

218.レーエンデ国物語 月と太陽/多崎礼

 

ならばもう忘れてしまおう。
両親のことも、恐ろしい夜のことも、忘れてしまおう。(p.50)

 

屋敷から逃げだした名家の少年は、辿りついた村で出会った少女とともに、呪われた土地であるレーエンデの運命を変える戦いに身を投じていく、多崎礼ファンタジー小説

 

行く末を案じていた『レーエンデ国物語』の続編となる物語。
しかし、そんな思いとは裏腹に容赦なく心をえぐる展開が続く。

 

何者かに襲撃された屋敷から命からがら逃げだした主人公の少年・ルチアーノは、やがてレーエンデ東部に位置するダール村に行きつく。

 

炭鉱で栄えるその村で、彼は生まれつきの怪力の持ち主であるテッサという少女に出会い、これまでとは一変した、穏やかな生活を送るようになる。

 

ルチアーノは自らの身分を捨てて、ダール村で新たな人生を歩み始めるが、やがて村にも戦争の足音が近づき、戦場へと彼らは駆り出されていく。

 

あまりにも過酷で胸が張り裂けそうになる出来事の数々に、この世界に存在していないはずの自分でさえ、怒りと悔しさ、なすすべない無力感におそわれる。

 

しかし、レーエンデの夜明けが訪れる日まで、革命の物語は終わらない。
その道のりに何が起ころうとも、その最後を見届けたいという気持ちは変わらない。

 

では次回。

「不可逆少年/五十嵐律人」の感想と紹介

217.不可逆少年/五十嵐律人

 

「やり直せるから、少年なんだよ」(p.23)

 

幼い少女が起こした重大な事件が発端となり、登場人物たちが抱えてきた過去の傷が新たな事件を巻き起こしていく、五十嵐律人長編ミステリ

 

狐の面をした少女が監禁した大人たちを次々と殺害する様子を生放送で配信するという、前代未聞の事件から物語は始まる。

 

そして、何よりも世間を騒がせたのは、犯人が刑事責任を問われない13歳の少女であることだった。

 

家庭裁判所調査官の主人公は、とあるきっかけから、やがて「フォックス事件」と呼ばれるその事件に関わることになり、被害者遺族たちが引きおこす負の連鎖に巻き込まれていく。

 

少年法の理念を支える「可塑性」という言葉。
この物語では、そんな「可塑性」に真っ向から抗う存在が描かれている。

 

不可逆少年と名づけられた少女を理解しようと思えば思うほど、現実で起きている出来事との乖離に苦しむ主人公の姿を見て、自らも信念を問いただされている気にさせられた。

 

不幸に慣れすぎた少年少女たちは、誰からも声をかけられることなく次第に道を逸れ、踏みはずしたことにも気づかないまま、取り返しのつかない場所にまで歩みを進めてしまう。

 

そんな彼らの行く末を、手元の灯りでぼんやりとでも照らすことで、拓ける未来があるのだとしたら、その可能性を少しでも信じたくなった。

 

では次回。