カタコトニツイテ

ゆる~い本の感想と紹介をしています。想うこともつらつらと。

「天使のナイフ/薬丸岳」の感想と紹介

121.天使のナイフ/薬丸岳

 

「国家が罰を与えないなら、自分の手で犯人を殺してやりたい」(p,64)

 

中学生に妻を殺された主人公は、四年後、犯人の一人が殺されたことで疑惑の男となりながらも、闇に隠された真実を追い求めていく、薬丸岳の社会派ミステリー。

 

第51回江戸川乱歩賞を受賞した薬丸岳のデビュー作。
ずっと読みたいと思っていて、ようやく読了。

 

主人公である桧山は、四年前に妻を殺された。しかし、犯人として捕まったのが13歳の少年たちだったため、彼らは少年法に守られ罪に問われなかった。

 

遺された娘とともに、行き場のない憤りを何とか抑え込み、新しい生活を歩み始めていた桧山のもとに、当時妻を殺した犯人の一人であった男が殺されたという知らせが届く。

  

人を殺したとしても、14歳未満の者は罪に問われることは無い。


この物語では、現代の少年法に潜む問題点を、決して一方の視点からの意見を故意に描くのではなく、賛否両論を交えながら丁寧にすくいあげる。

 

作中では子どもたちが備える「可塑性」に言及している場面がある。
どんな過ちを犯したとて、正当な教育を施せば、更生して社会でやり直すことが出来る、と。

 

しかし、例え、加害者側が罪の意識を忘れずに一生をかけて贖罪を果たしたとしても、遺された被害者家族もまた、やり場のない悲しみを一生背負っていかなければならないのだ。

 

ただ、状況は違えど、人は過ちを起こしたとき、どうしても後ろめたさを抱えて、面と向かって相手に謝れない瞬間が誰しもある。

 

きっと立場によって、物語の視点を誰に置くかによって、哀れみや怒りの矛先は全くもって異なるんだろう。

 

この作品を読み終えたからと言って、家族を失った被害者家族の痛みを推し量ることはできないし、加害者が一生をかけて背負うことになる十字架の重さを想像しうることはできない。

 

それでも、重大な犯罪が目に見えない憎しみの連鎖を生み出してしまうこと、そして、今もその連鎖を断ち切ろうと必死でもがき苦しんでいる人々が存在しているという事実を改めて考えさせられた。

 

では次回。