カタコトニツイテ

頭のカタスミにあるコトバについて。ゆる~い本の感想と紹介をしています。

「罪の声/塩田武士」の感想と紹介

87.罪の声/塩田武士

 

俺らの仕事は素因数分解みたいなもんや。何ぼしんどうても、正面にある不幸や悲しみから目を逸らさんと『なぜ』という想いで割り続けなあかん。(p.523)

 

罪の声 (講談社文庫)

罪の声 (講談社文庫)

  • 作者:塩田 武士
  • 発売日: 2019/05/15
  • メディア: 文庫
 

 

日本中を震撼させた昭和の未解決事件の真実を明らかにするため、二人の男があらゆる手がかりから情報を探し求めて事件に足を踏み入れていく、塩田武士ヒューマンミステリー

 

社長の誘拐から始まり、大手食品メーカーを相次いで脅迫し、世間を混乱に陥れた「ギン萬事件」を特集するために、新聞記者の阿久津は30年前の事件の手がかりを探す。

 

一方、京都でテーラーを営む曽根は、自宅の物置で古びたカセットテープを見つけると、中に収録されていた幼い自分の声が、ある脅迫事件に使われていた男児の声と瓜二つであることに驚愕する。

 

2人の男はそれぞれ、過去の記録や事件に関わる人物を辿り、闇に葬られようとしていた真実に近づいていく。

 

この作品はノンフィクション小説でありながら、現実に実際に起きた未解決事件である「グリコ・森永事件」を下敷きに、作者が導いた一つの真実を描き出している。

 

さらに、圧倒的なリアリティで描かれる本作は、まるでこの物語が本当に闇に消えた真実を映し出しているんじゃないかと錯覚してしまう程。

 

30年以上前に起き、時効も過ぎた未解決事件にあえて光を当てることの意義

決して全ての人が幸せになるとは限らない真実

 

被害者家族を始め、事件に関わった人々の忌々しい記憶を蘇らすことになる可能性があったとしても、自らの信念のもと闇に葬られた事件にメスを入れていく。

 

事件の真相を暴きたいという想いと、相反する気持ちに苦悩しながらも、自分なりの答えを導き出す主人公たちに最後まで目が離せなかった。

 

この事件が起きた時、自分は生まれていなかった。

この本が無ければ、ここまでこの事件に触れることも無かっただろうな。

 

では次回。

「偉大なるしゅららぼん/万城目学」の感想と紹介

86.偉大なるしゅららぼん/万城目学

 

「しゅららぼん、だな」(p.380)

 

偉大なる、しゅららぼん (集英社文庫)

偉大なる、しゅららぼん (集英社文庫)

  • 作者:万城目 学
  • 発売日: 2013/12/13
  • メディア: 文庫
 

 

滋賀の地で琵琶湖から特殊な力を授かった「湖の民」である日出本家と、同じく特殊な力を持つ棗家との間で起きる戦いを描いた、万城目学の長編小説。

 

タイトルから全く内容が浮かばない本作。
読み終わった後も、この物語をなんて形容したらいいのか分からない。

主人公の涼介は高校入学を機に日出本家が絶大な権力を持つ地「石走」にやってくると、船での登下校赤い制服での通学など、日出本家が住むお城での日常に翻弄されながらも、何とか高校生活を楽しもうとする。

 

しかし、日出家の跡継ぎである淡十郎馬に乗って移動する彼の姉清子、ライバルである棗家の長男広海など、個性豊かな登場人物たちとの関わりの中で、しょっちゅうトラブルに巻き込まれていく。

 

また、この世界では特殊な力が存在してはいるものの、滋賀が舞台ならではの現実的な描写もあちらこちらに出てくるので、その不思議な世界観も魅力的だった。

 

コメディ要素も多く盛り込まれていて
個人的には流しそうめんを食べてからカルムをするシーンが好き。

 

最終的にかなり壮大な戦いが繰り広げられるのだけど
あくまで戦いの場は滋賀であり、主人公たちが県外に出ることは一切ない。

 

それにもかかわらず、ここまで世界大戦のような雰囲気が醸し出されるのは、琵琶湖の雄大が影響しているのかもしれない。知らないけど。

 

ちなみに好きなキャラは細眉の葛西
なんかストレートな馬鹿って癒される。

 

では次回。

「この本を盗む者は/深緑野分」の感想と紹介

85.この本を盗む者は/深緑野分

 

ああ、読まなければよかった!これだから本は嫌いなのに!(p.41)

 

この本を盗む者は

この本を盗む者は

  • 作者:深緑 野分
  • 発売日: 2020/10/08
  • メディア: 単行本
 

 

本の街である読長町を舞台に、本の蒐集家であった祖父が建てた御倉館で起こる不思議な出来事を描いた、深緑野分の長編小説。

 

この作品も今年の本屋大賞候補にノミネートされた作品。

歴史ものが多い深緑さんの中では珍しいファンタジー寄りの作品になる。

 

本の街に生まれて、本好きの家系に育った主人公の深冬はもちろん本が好き、ではなくむしろ嫌いで、避けるように生きていた。

 

そんな主人公がある日、数多の本を所蔵している御倉館を訪れた際、本が盗まれたことがきっかけで本の物語の中に街ごと閉じ込められる呪いが発動してしまう。

 

姿を変えた街の中で、彼女は突如現れた真白と呼ばれる少女とともに、現実に戻るために物語の世界を駆け回る。

 

本をよく読む人なら誰でも一度は考えたことのあるのが
本の中の世界に入ってみたいという感情。

 

ただ本の世界では、物語によっては過酷な旅になったり、本を盗んだ泥棒を見つけなければいけなかったりと、決して楽しいことばかりではない。

鉄砲がうち乱れる物語もあれば、警察に追い回されることもあるのだ
うん、そこまでして入りたいとは思わない。我ながらわがままだな。

 

読み終わった後は、なんだか子どもの頃を思い出して懐かしくなった。
自由に自分の好きな本を手に取って、見たことのない世界を堪能する幸せは何にも代えられないもの。

 

それにしても、深緑野分さん豊かな言葉の表現にはいつも感動を覚える。
たくさんの言葉が文章中に自然と散りばめられていて、読んでいて得した気分になる。

一朝一夕で語彙力増えたりしないかな。
しないか。

 

では次回。

「52ヘルツのクジラたち/町田そのこ」の感想と紹介

84.52ヘルツのクジラたち

 

孤独の匂いは肌でも肉でもなく、心に滲みつくものなのだ 。(p.51)

 

52ヘルツのクジラたち

52ヘルツのクジラたち

 

 

家族との軋轢によって人生を狂わされ、誰も知らない場所に移り住むことになった女性と、その場所で出会った言葉を話せない少年との交流を描いた、町田そのこの長編小説。

 

2021年の本屋大賞候補にもノミネートされた本作。
選ばれたときから、読んでみたいと思っていた。

 

家族に愛情を注がれてこなかった主人公の貴瑚は、ある事件から自らの消息を絶ち、田舎の港町に移り住むことになった。

 

そんな場所で孤独に暮らす中で、母に虐待を受け言葉を発すことができなくなった

「ムシ」と呼ばれる少年と出会う。

 

そして、二人の出会いをきっかけに、少年の生い立ち貴瑚の空白だった時間が少しづつ明かされていく。

 

人は誰しも愛を欲している。
そして、孤独であればあるほど、渇望していた愛に裏切られる瞬間が怖くなる。

 

特に印象的だったのは、人はみんな魂の番に出会うという言葉。

たくさんの愛を注いでくれる、たった一人の魂の番。

 

彼女らにとって、誰が魂の番になるかは分からない。
それでも二人はお互いに愛を、そして助けを求めて、巡りあった。

 

ラストシーンはそんな巡り会いが無ければ生まれなかった場面。

本当に出会えてよかった。泣きそうになった。

 

ちなみに、タイトルにもなっている52ヘルツのクジラは、他のクジラの周波数が聞き取れず、たくさんの仲間たちがいながらも自分の声が届かない孤独な存在だと言われている。

 

だからこそ、著書のタイトルが「52ヘルツのクジラ”たち”」となっていることは
ぐっと心に響いた。良いタイトルだなぁ。

 

では次回。

「儚い羊たちの祝宴/米澤穂信」の感想と紹介

83.儚い羊たちの祝宴/米澤穂信

 

バベルの会とは、幻想と現実とを混乱してしまう儚い者たちの聖域なのです。(p.288)

 

儚い羊たちの祝宴(新潮文庫)

儚い羊たちの祝宴(新潮文庫)

 

 夢想家のお嬢様たちが集う読書サークル「バベルの会」を軸に、五つの物語がそれぞれの章の語り手によって優雅に、そして無慈悲に語られる、米澤穂信の短編ミステリ―。

 

五つの物語はどれも高貴な一族や富豪が過ごす屋敷や別荘を舞台にして、そこで起きる不可解な出来事や事件が語り手の独白のような形式で展開される。

 

語り手となるのはその屋敷で暮らすお嬢様、そして彼女らに仕える使用人の娘

 

彼女らの日記のような柔らかい文章で語られる物語は、ときおり不穏さを感じさせるものの、彼女らの感情が垣間見えることもあって、ゆるやかに移ろっていく。

 

しかし、最後に明かされる真実はどれも、それまでの感傷が暗く沈んでいくような残酷な余韻を残していく。ともすれば、吐き出したくなるような余韻。

 

特に、少女が持つ邪悪さがむき出しになる瞬間は、まさに心がすっと冷え込むような感覚を味わうことが出来る。

 

米澤穂信さんが描くミステリーは影があるものが多いけども、この作品はその影さえも飲み込むような暗黒さを漂わせていて、著者の真骨頂を思い知ったような気がした。

 

それにしても、タイトルの意味を今一度考えるとぞっとしてしまうな。

 

では次回。

「麦本三歩の好きなもの 第一集/住野よる」の感想と紹介

82.麦本三歩の好きなもの 第一集/住野よる

 

もう一度味わいたかったら新たに食べるしかない。それが出来るのは今日からの自分だけだ。だって食べたいのは今の自分だから、過去の自分になんて渡してたまるもんか。(p.288)

 

麦本三歩の好きなもの 第一集 (幻冬舎文庫)
 

 

自由奔放でおっちょこちょいな図書館勤務の20代女子、麦本三歩のとりとめのない日常を描いた住野よるの短編小説。

 

が好きで、ブルボンのお菓子が好きで、ラジオが好きで、紅茶が好きな三歩が送る生活は、決して華々しい出来事が起きずとも活気に満ち溢れている。

 

三歩の日常は好きなものが縦横無尽に駆け回っていて、時には怒られ、時には失敗し落ち込むことはあれど、どこからともなく三歩のお気に入りのものたちが励ましに来て、また楽しみを見つけに行ける。

 

この作品の特徴と言えば、三歩以外の人物たちの名前が一切でてこないこと。

 

三歩が勤務する図書館の先輩たちは「優しい先輩」「怖い先輩」など、それぞれ三歩がつけた愛称で呼ばれている。

 

それなのに、それぞれの顔がありありと浮かんで見えてくるのは、きっと三歩との関わりの中での言動を見て、自然と頭の中で人柄を想像できるから。

 

三歩のような子が身近にいたなら、きっと見ていて飽きないだろうなぁ。
まぁなりたいかは別として。

 

それにしても、住野よるさんが書く文章は本当に自分の理想の文章だ。
一つ一つの言葉の表現が、登場人物たちをより一層愛おしくさせる。

 

ちなみに、ハードカバー版はBiSHモモコグミカンパニーさんが表紙になっている。

一つの三歩像としてだけども、なんだかしっくりくるなぁと思った。

 

では次回。

「楽園のカンヴァス/原田マハ」の感想と紹介

81.楽園のカンヴァス/原田マハ

 

「それこそが『永遠を生きる』ってことだよ」(p.343)

 

楽園のカンヴァス (新潮文庫)

楽園のカンヴァス (新潮文庫)

  • 作者:原田 マハ
  • 発売日: 2014/06/27
  • メディア: 文庫
 

 

巨匠アンリ・ルソーが残した名作である「夢」に酷似した絵画を巡り、ルソーを敬愛する二人がその絵の譲渡権を競い合う七日間を描いた、原田マハの美術ミステリ―。

 

美術館のキュレーターとしての側面も持つ原田マハさんが描く本作では、美術ミステリーと言いいつつも殺人が起きるわけではなく、有名絵画を盗もうと大争奪戦が展開されるわけではない。

 

ある大資産家が所有するルソーの名作、「夢」に似た絵画の真贋判定を行い、認められた者に絵画の所有権を譲渡する。手がかりとなるのは謎の古書

 

対決することになるのはニューヨーク近代美術館のキュレーターであるティム・ブラウンと、日本人研究者の早川織絵

 

二人の研究者が真贋判定をする材料となる謎の古書を紐解いていくのだけど、誰が書いたのかも分らぬままどんどん謎は深まっていく。

 

ただ、この七日間を通して、彼らが時には対立しながらも良きライバルとして関係を深めていくのが読んでいても伝わってきた。特にティムのもとには様々な人物の介入があって、日が進むごとに織絵に対する感情や考え方がころころ変わっていくのが読んでいて面白かったな。

 

ただ、何といってもこの作品では美術に対する情熱が余すことなく込められている。
著者は言わずもがな、登場人物たちも含めて、価値や名声に囚われない彼らの美術作品に対する愛が物語を通して随所に感じられる。

 

特に良かったのが最後の場面。これまでのストーリーを読んできたからこそ、より最後の二行が心にぐっとくる。

 

自分もあまり美術には詳しくなかったけども、スマホで絵を検索すればすぐに出てくるので、ぜひ鑑賞しながら読んでみて欲しいな。

 

では次回。