カタコトニツイテ

頭のカタスミにあるコトバについて。ゆる~い本の感想と紹介をしています。

「愛なき世界/三浦しをん」の感想と紹介

142.愛なき世界/三浦しをん

 

たとえ終わりがなく、はかない行いだったとしても。
だから無駄だ、ということにはならない。(上 p.236-237)

 

洋食屋の料理人見習いとして働く主人公が恋をした、植物研究にに対して一途なほど没頭する院生の女性との交流を描いた、三浦しをんの長編小説。

 

非情なタイトルからは想像できないぐらいニッチな世界が描かれる。
自分が文系だったのもあって、研究室での日常がどれも新鮮に感じられた。

 

洋食屋「円福亭」で修行に励んでいた料理人見習いの藤丸陽太
宅配の料理を届けにいった先で出会った本村という女性に心を惹かれていく。

 

しかし、そんな彼女が所属していたのは、とある大学の研究室。
その場所では、植物の研究にひたすら情熱を捧げる個性豊かな人々が集まっていた。

 

思考も感情もない「植物」にとって「愛」と言う概念は存在しない。

 

そんな植物の虜となり、他の物体に恋愛感情を持たない本村に叶わぬ片想いをしてしまった藤丸だったが、彼自身も植物と言う奇妙で不思議な世界に魅せられていく。

 

実益が少ないと言われる植物研究に人生を捧げる意味。
確証のない道筋を辿っていく不安。終わりの見えない作業。

 

途方もなく続く困難にも怯まずに、研究に対して誠実に向き合う彼らの熱が、物語を通してひしひしと伝わってきた。

 

ただ、何よりも感じたのは
それは研究者にしか許されない感情では決してないということ

 

普通に生活をしている自分たちにとっても不思議なことは数多くあるし、気づいていないだけで、「知りたい」という欲望を持ち併せている。

 

好きな人のことを知りたいと思うことも、未知なる世界を見てみたいと沸き立つ心も、どれも比較することなんてできない純粋な想いなのだと気付かされたし、それを教えてくれたのは植物の世界とは縁もゆかりもない料理人見習いの彼だった。

 

三浦しをんさんの物語は舟を編むを筆頭に
扱う分野に対しての尊敬の念が細部に至るまで宿っている。

 

だからこそ、登場する人物たちの真摯な想いがまっすぐに飛んでくるんだろうな。

 

では次回。

「丸太町ルヴォワール/円居晩」の感想と紹介

141.丸太町ルヴォワール/円居晩

 

「言の葉を吹いて、寿と為す、だから言吹き。君に相応しい呼び名だろう?」(p.73)

 

とある屋敷で起きた事件の裏側で繰り広げられていた謎の女との魅惑的な邂逅が、古より京都で行われていた私的裁判の幕を開く、円居晩の長編ミステリ。

 

本屋でふとあらすじを読んでから、ずっと気になっていた作品。
案の定、好みな作品だった。裁判をテーマにした作品にハズレなし。

 

京都の大学へと進学した御堂達也は、中学からの先輩である額賀流に半ば強制的に誘われ、古来より京都で執り行われていた「双竜会」と呼ばれる私的裁判へと参加することになる。

 

その目的は、祖父殺しの嫌疑をかけられていた御曹司である城坂論語という少年の無実を晴らすことであった。

 

様々な状況証拠が彼を犯人だと指し示す中、唯一のアリバイであったのが、事件の最中に部屋へと侵入していた「ルージュ」と呼ばれる女性と過ごした時間。

 

しかし、彼女が実在したという痕跡は霧に包まれたように跡形もなく消え去っていた。

 

そんな劣勢な状況下で主人公たちは、一筋縄ではいかない敵の勢力の追及に対抗すべく、論語の無実を証明するために「ルージュ」の正体を明らかにしようとする。

 

古き京都の地を舞台に繰り広げられる裁判は、一見すると古めかしい印象を抱かせるものの、登場人物たちによる現代的でコミカルな会話もあって、むしろ騒がしいぐらいだった。

 

見ていた景色が一変するような仕掛けなど、ミステリとしての醍醐味もありながら、一人の少年がひと時を過ごした謎の女性を一途に追い求めては幻惑される姿に、とても焦ったい気持ちにさせられる。

 

物語の綴じ方も、個人的に望んでいた結末で嬉しかった。
そして、登場人物たちのキャラクターも軒並み濃かった。

 

では次回。

「フーガはユーガ/伊坂幸太郎」の感想と紹介

140.フーガはユーガ/伊坂幸太郎

 

僕の弟は僕よりも結構、元気です。とは風我のことを説明する時によく口にした台詞だ。いつだって彼が僕を引っ張っていく。(p.55)

 

親から愛情を注がれなかった双子の兄弟が過ごした激動の日々は、非情な運命に振り回されながらも、大切なものを守るために相対する現代へと繋がっていく、伊坂幸太郎の長編小説。

 

最近、文庫化されてずっと読みたかった作品。
個人的には、初期の頃の切なさと優しさが内包された雰囲気を感じて、何だか懐かしい気持ちになった。


この物語の主人公である常盤優我は、仙台のファミレスである男に自らの半生を語り始める。

 

彼は双子であり、弟の名は風我と言い、彼らには兄弟の間にだけ起こる不思議な能力があった。

 

誕生日にだけ起こるその不思議な能力は、決して使い勝手のいいものでも無くて、むしろ良い迷惑なんじゃ無いかと思うくらいだけども、二人の兄弟はそれらを巧みに、時には思いつきで活用しながら、理不尽で救いようのない社会に抵抗する。

 

家で暴力を振るう父のこと、双子で協力して友達を助けた時のこと、不幸な環境に閉じ込められた少女を救いに行った時のこと、そして、幼き頃に出会った忘れられない事件の記憶。

 

淡々と彼の口から語られる出来事は、決して安易に飲み込めるものではなくて、不運に見舞われながらも兄弟二人で必死に乗り越えながら、大切なものを守るために戦ってきた何よりもの証拠だった。

 

そして、幼い子どもたちに降りかかる陰惨な事件は、認めたくないけども現実のそこら中に転がっていて、だからこそ、ぶつけようのない憤りやり切れない無力感を抱かせる。彼ら兄弟が最後まで目を逸らさなかったものが、いかに不条理な存在だったかを思い知らされる。

 

細やかな伏線とともに、過去の回想から現代へと畳みかけるように進んでいくストーリー展開は相変わらずお見事だった。切ないけども、前を向くことはできる。

 

それにしても、伊坂作品におけるサブキャラクターが自分はとても好き。
この物語の登場するワタボコリも漏れなく、お気に入りのキャラクターになった。

 

では次回。

「元彼の遺言状/新川帆立」の感想と紹介

139.元彼の遺言状/新川帆立

 

「完璧な殺害計画をたてよう。あなたを犯人にしてあげる」(p.56)

 

弁護士の主人公は莫大な遺産の分け前を手に入れるべく、元彼が言い残した奇妙な遺言状から始まる一大騒動に首を突っ込んでいく、新川帆立長編ミステリ

 

第19回「このミステリーがすごい!」大賞受賞作。
著者の新川さんを知ったのは、テレビでやってた「セブンルール」を見たのがきっかけ。

 

物怖じしない態度と自らの欲望に正直な性格で、若き身空ながら弁護士として優秀な実績を積み重ねていた剣持麗子はある日、昔付き合っていた男が亡くなったという知らせを受け取る。

 

当初は戸惑いを隠せなかったものの、実は彼が大企業の御曹司であることが発覚し、さらには遺言状に書かれていた「僕の全財産は、僕を殺した犯人に譲る」と言う言葉が世間の波紋を呼んだことから、彼女もその騒動に欲望のまま飛び込んでいくことになる。

 

普通のミステリー小説であれば「真犯人を探す」という前提のもと進んでいくはずが、この物語では「自らの依頼人を犯人に仕立て上げる」と言う突飛な出発点から始まっていくのが何とも斬新。

 

犯人選考会での冷静沈着な駆け引きや、第一印象は良くないのにどこか憎めない登場人物たちが繰り広げる一波乱は、良い意味でミステリー小説らしからぬエンタメ性に富んでいた。

 

そして何より、主人公の貪欲で負けん気の強い性格を少しづつ読者に馴染ませながら進んでいくストーリー展開が素晴らしかった。初めは少しとっつきにくく感じるキャラクターだったのが、物語が進んでいくにつれてどんどん親しみを覚えていく。

 

ジャンルとしてはミステリーなのだけど、遺産相続株式などの専門用語が飛びかっているにしては堅苦しい雰囲気を感じずに読めるので、ミステリーが苦手な人でも読みやすいかもしれない。

 

では次回。

「ひと/小野寺史宜」の感想と紹介

138.ひと/小野寺史宜

 

しゃべろうと思わなければ誰ともしゃべらずにいられる。独りになるというのは、要するにそういうことだ。(p.33-34)

 

20歳の秋、母が亡くなったことで天涯孤独の身となった主人公は、商店街の惣菜屋でコロッケをおまけしてもらったことがきっかけで少しづつ自らの人生を歩き始める、小野寺史宜の長編小説。

 

2019年の本屋大賞2位となった小野寺さんの青春小説。
真っ直ぐで偽りのないタイトルに惹かれた。

 

主人公の柏木聖輔は高校生の頃に父を亡くし、女手一つで東京の大学へと送り届けてくれた母親もまた、大学の3回生になった時に急死してしまう。

 

頼れる親戚もおらず、大学も辞めざるを得なくなり、サークルで弾いていたベースでさえも続けることができなくなる。故郷の鳥取から遠く離れた地で、彼は独りになる。

 

しかし、途方に暮れながらふらついて歩いていた商店街で、惣菜屋のコロッケをお婆さんに譲ったことで生まれた不思議な縁から、彼はその店で働かせてもらうことになる。

 

この物語は、読んでいる人たちの多くにとって「非日常」の物語だ。
今も両親がいて、大学に行くことができて、運良く仕事に就くことができた自分にとってもそう。

 

でも、主人公の聖輔惣菜屋の人たちや商店街のお客さん、地元から上京してきた同級生たちと交流しながら生活していく様子は、どこまでも彼の「日常」としてありのままに描かれる。

 

受け入れ難い現実をそばに置きながらも、変わらない誠実さと実直な人柄で日々ひとの温かさに触れてていく。大袈裟でなく、劇的でもない。ただ彼が自ら決めた人生を、読者は見守りながら読み進めていく。

 

最後の最後まで良い意味で変わらず、あるがままに運命を受け入れていた主人公が涙を見せた瞬間、じんわりと胸の奥が熱くなった。

 

それに、主人公たちの会話の細かい部分が妙に自分の感覚と似通っていて、いちいち小さく共感してしまったのが面白かった。電車賃を浮かすために歩くとことか、メロディのあるベースラインを弾く方が好きなとことか、小さい子のカニクリームの発音とか。

 

そして何より、コロッケが無性に食べたくなる。
スーパーとかじゃなく、商店街に売ってるやつね。

 

では次回。

「ムーンナイト・ダイバー/天堂荒太」の感想と紹介

137.ムーンナイト・ダイバー/天堂荒太

 

だから、知っている。身のすくむ恐怖も、身が引き裂かれんばかりの悲しみも、煮えくり返るような怒りも、闇雲に叫びたくなる想いも、叫びがどこにも届かないことのむなしさも。(p.29)

 

月が昇る夜、震災から四年半が経った地の海に潜り、被災者たちの慰留品を持ち帰る主人公は残された者として答えを探し続ける、天童荒太の長編小説。

 

ずっと読みたかった天童荒太さん。
色々迷った結果、この本を選んだ。

 

主人公の舟作は立ち入りを禁止された被災地の海に何度も潜る。大切な家族や恋人を亡くした遺族にとって、かけがえないのない思い出を拾うために、自らも両親と兄を亡くした海に潜り続ける。

 

海の底に沈んだ街の一部。壊れかけの家屋や車。
誰かが使っていたはずの品物たち。

 

今も海に沈んだままのそれらを目の当たりにすることが、これからも続くはずだった幸せや大切なものを失ったという事実と対峙することが、どれほどの事なのか。
読んだだけの自分には、彼らの想いを想像することしかできない。

 

今もどこかで、何かを諦めている人がいる。
未だに答えが見つからずに心を痛めている人がいる。

 

主人公が最後に受け入れた答えを、もし自分だったら本当に受け入れることができるのだろうか。現実と創作の境目を超えて、現在の目線から考えさせられる。

 

今から十年前、あの震災が起こった時、自分は15歳だった。
テレビの向こう側で起こる出来事に、ただただ呆然としていた。

 

それから十年が経って、この本を読んで、改めて向き合いたいと思った。
忘れないでいること、そして現状を知ることは今からでもできることだから。

 

では次回。

「ガラスの海を渡る舟/寺地はるな」の感想と紹介

136.ガラスの海を渡る舟/寺地はるな

 

わたしたちは広い海に浮かぶちっぽけな一艘の舟のように頼りない。それでもまずは漕ぎ出さねば、海を渡りきることはできない。(p.208)

 

祖父の死をきっかけに受け継いだガラス工房で働く二人の兄妹は時にぶつかりながらも、お互いの気持ちを理解するにつれて少しづつ成長していく、寺地はるなの長編小説。

 

それまで全くと言っていいほど相容れなかった二人の兄妹は、祖父の死によって宙ぶらりんとなったガラス工房を思いもよらぬ形で引き継ぐことになる。

 

足並みを揃えた行動を取ることが苦手な兄の
「特別な何か」が欲しくて思い悩む妹の羽衣子

 

性格が異なる二人の兄妹は何度も喧嘩を繰り返す。相手の気持ちを理解しきれず馬鹿正直に言葉を放つに対して、羽衣子はなぜ普通の行動ができないかと問い正す。

 

しかし、二人はガラス工房でともに働くにつれて、傍から見てるとなんて不器用なんだろうと思いつつも、徐々にお互いの気持ちを受け止めながら想いを共有し始める。

 

個人的なことだけど、自分は羽衣子の方にとても感情移入してしまう。
平均的なことは卒なくこなせるのに、憧れるような突出するものに手は届かない。
悔しさと寂さが入り混じった、どこにもしまうことのできない気持ちが痛いほど分かる。

 

それでも、羽衣子の自分の感情に正直なところを、羽衣子「特別な何か」を最初から信じて疑わない。いがみ合ってはいてもぶれずに信頼し続ける彼らの姿に、なぜだか誇らしげな気持ちになった。

 

また、印象的だったのは作中で出てきた「思い出は遠くなる」と言う言葉。無くなるわけではないので、形に残すことによって思い出は記憶に留まることができる。その言葉に、少し安心してしまった。

 

あと、単純だけど吹きガラス体験をしてみたくなったなぁ。二人が見ていた景色、見えない海を一艘の小舟で渡る時のような不安と期待が入り混じった感覚を知りたくなった。いつか。

 

では次回。